ウッチャンナンチャン
'''ウッチャンナンチャン'''は、内村光良(ウッチャン)と南原清隆(ナンチャン)から成る、日本のお笑いコンビ。通称「'''ウンナン'''」、「''UN''」。マセキ芸能社所属。「お笑い第三世代」として、コントを中心としたネタで、1990年代に一世を風靡した。メンバー
**熊本県人吉市出身。
**血液型AB型。
**身長168.4cm、体重65kg。
**立ち位置はネタの時は右、司会の時は左(後述参照)。
**愛称:「'''ウッチャン'''」。
**香川県高松市出身。
**血液型AB型。
**身長 174.4cm、体重61kg。
**立ち位置はネタの時は左、司会の時は右(後述参照)。
**愛称:「'''ナンチャン'''」。次のエントリ
来歴
1985年、横浜放送映画専門学院(現日本映画大学)の漫才の講義で一緒に組んだのをきっかけとして、コンビ結成。この時に講師をしていた内海桂子・好江の薦めで、マセキ芸能社所属のタレントとなる。ウンナンを初めて見た好江は、2人の才能を見抜き、「この2人を絶対に逃しちゃダメよ!」と涙ながらに言ったという。お笑いコンビとしては『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)から本格的な活動を始めた。その頃のコンビ名は「おあずけブラザーズ」(おあずけシスターズをもじって命名)であった。1987年、専門学校の同期生である出川哲朗、入江雅人らと劇団SHA・LA・LAを結成し、演劇役者としても活動。内村は、脚本と演出も担当した。因みに、長谷川初範(「101回目のプロポーズ」、「ウルトラマン80」等)が先輩であったことをラジオ等でネタにした事もあった。
1988年に放送開始したフジテレビの深夜番組『夢で逢えたら』で人気に火がつき、1990年代にはとんねるず、ダウンタウンと共に「お笑い第三世代」としてバラエティ界を席巻し、若年層を中心に人気を博した。1989年からは『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のパーソナリティも担当した( - 1995年)。
1990年、フジテレビ系列『とんねるずのみなさんのおかげです』の休止に伴い、後番組のメインとして2人が抜擢され『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』がスタート。『夢で逢えたら』のテイストを下地にゲストを交えて作りこんだコントで、一躍全国的人気者になる。『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』が半年間の放送を終了し時間帯を土曜8時に改め『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』として再出発。時事ネタや人気ドラマ、ミュージシャンを題材としたパロディーコントで高視聴率を得た。
また、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』(日本テレビ系列)は、当時の日本テレビのバラエティー黄金期を支えた中心的な番組で、番組の全盛期である1996年〜1999年まではほとんどの回で視聴率が20%を超えていた時期もあった。そのため、金曜日に東京ドームの巨人戦が組まれていた場合は巨人戦を優先し番組を休止していたが消化試合の時は番組を優先して放送した。この頃から、ウッチャンナンチャンは、若者だけでなく老若男女幅広い年齢層から支持を得て、お笑い界のトップへと上り詰めた。また、今でも日本テレビには年間数十件ではあるがウリナリの復活の要請を記した手紙がくるという。『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!』(テレビ朝日系列)もイライラ棒が大人気となり、当時のテレビ朝日の看板番組となるなど、民放各局で人気番組を生み出し、一躍1990年代を代表するお笑いコンビとなる。
近年では、ウンナンの番組から生まれた1企画のみを特番として、不定期に放送する例が増えている(例『ウリナリ!!』→『ウリナリ芸能人社交ダンス部』、『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー』→『小学生クラス対抗30人31脚』『史上最強のメガヒットカラオケBEST100 完璧に歌って1000万円』など)。
現在は内村がコントやバラエティ番組で後輩芸人との共演、南原が落語や狂言といった伝統芸能への挑戦やスポーツキャスターなど、単独での活動が多い。次のエントリ
コンビ名
芸風
80年代後半に、コンビニエンスストアやレンタルビデオなど、80年代後半の若者の生活を中心にすえたコントを得意とし、人気を得る。現在、多くのお笑い芸人たちのネタの中で使われている「(ショート)コント、○○」と、タイトルを言ってからコントに入るスタイルは、彼らが始めたと言われている。この為「ショートコントの特許を取得し、他の芸人はショートコントを披露する度に、ウッチャンナンチャンに7円払っている」という都市伝説が流れた。元々コント出身であり、漫才師ではない。ネタ作りは内村が自分のギャグだけ書いて南原の台詞を部分を適当(「ああ」、「うん」など)にしておき、稽古のときに南原が台詞の部分を作り面白い部分を拾い上げていき徐々にネタにしていく、という方法で作られていた。また、ウンナンがコントや番組で使用したギャグはほとんどが、劇団で一緒だった入江雅人が考えたギャグをパクって使用していたと発言した事がある。その際出川哲朗も同席していたが、内村曰く、「テッチャンのギャグは面白くなかったからパクらなかった」と説明していた。それはもちろん逆で、「ヤバイよ」や「チェン(出川だけが使用している内村のあだ名)」をテレビでモノマネしている。
他のお笑いコンビに比べて、漫才におけるボケとツッコミのような役割がハッキリしないコンビである。『気分は上々』の番組内でインターネット投票により「どちらがボケか?」をファンに決めてもらい、この時は「南原がボケ」という結果になった。しかし、本音は2人ともツッコミになりたい様子だった。自称は、それぞれ内村が「天然」、南原が「ハプニング」。よって'''ボケとツッコミはケースバイケース'''とされている。また、逆説的に考察すると、両名とも漫才やフリートークでボケ、ツッコミがこなせる高い技量を持っているオールラウンダーであるとも言える。南原は『ウンナンタイム』で、2人のスタイルを「スイッチ型」である、と表現していた。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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