近代オリンピック
'''近代オリンピック'''(きんだいオリンピック)とは、4年に1度国際オリンピック委員会 (IOC) が開催する、世界的なスポーツ大会である。日本では、単に'''オリンピック'''と呼称したり、其のシンボルマークから'''五輪'''(ごりん)とも呼称される。''呼称については五輪を参照。''
古代ギリシアのオリンピアの祭典をもとに開催する事を19世紀末にソルボンヌ大における会議でフランスのクーベルタン男爵によって提唱、決議された。
名称
'''オリンピック'''は、ゼウスの神殿のあったオリンポス(オリンピア)の名前を冠しておりこの地で古代オリンピックが開催されたことから命名された。戦前は、''オリムピック''と言う表記であった。次のエントリ概要
オリンピックは、夏季と冬季に大会があり、夏季オリンピック第1回は、1896年にアテネ(ギリシャ)で開催され、世界大戦による中断を挟みながら継続されている。冬季オリンピックの第1回は、1924年にシャモニー・モンブラン(フランス)で開催された。1994年以降は、西暦が4で割り切れる年に夏季オリンピックが、4で割って2が余る年に冬季オリンピックが開催される(FIFAワールドカップが開催される年と同じ)。1994年のリレハンメル大会より、夏季大会と冬季大会が2年おきに交互開催するようになった。冬季オリンピックが始まった当初は、夏季オリンピックの開催国の都市に優先的に開催権が与えられてきたが、降雪量の少ない国での開催に無理が生じることから、1940年代前半に規約が改正され、同一開催が原則が廃止された(例えば1928年アムステルダム大会時の際、オランダでは、降雪量不足で雪山が無く、会場の確保困難であったことから、冬季はスイスのサンモリッツで開催)。
大会の公用語はフランス語と英語であるが、フランス語版と英語版の規定に相違がある場合はフランス語を優先するとして、フランス語を第1公用語とする事を明らかにしている。現在は、フランス語、英語の他、開閉会式等では、開催地の公用語も加える場合がある。次のエントリ
歴史
アマチュアリズムを基本とし、古代の平和の祭典の復興を目指したオリンピックであるが、二度の世界大戦や、ミュンヘン大会におけるテロ事件、冷戦下でのアフガニスタン戦争に伴う東西のボイコット合戦など、時々の国際政治の影響は大きい。特にヒトラー政権下による1936年のベルリン大会は、五輪そのものが利用された色彩が強く、聖火リレーのルートを後日ドイツ軍がそのまま逆進した事から政治が大きく陰を落としたものとなっている。なお、夏季大会において、第1回大会から全て参加しているのは、ギリシャ・イギリス・フランス・スイス・オーストラリアの5ヶ国のみである。ギリシャによる開催は、1896年と2004年が正規のものとされている。第1回大会の十年後、1906年アテネ中間大会が唯一、例外的に開催され、開催事実も記録も公式に認めてメダル授与も行っている。しかし、4年に1度のサイクルから外れた開催であったため、正規の開催数に計上されておらず優勝者もメダリスト名簿に加えられていない。
各期毎の概略は、以下を参照。次のエントリ
黎明期
クーベルタンの提唱により、第1回オリンピックが1896年ギリシャ・アテネで開催することになった。資金集めに苦労し、会期も10日間と短かったが大成功に終わった。しかし、1900年、1904年のパリ・セントルイス大会は、同時期に開催された万国博覧会の附属大会に成り下がってしまい、賞金つきの競技(1900年)、キセルマラソンの発覚(1904年)など大会運営にも不手際が目立った。1908年、1912年のロンドン・ストックホルム大会から本来のオリンピック大会としての体制が整いだした。次のエントリ
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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