シーア派
'''シーア派'''(アラビア語: 、ラテン文字転写:ash-Shī‘ah)は、イスラム教の二大宗派のひとつで、2番目の勢力を持つ。最大勢力であるもう一方はスンナ派である。イスラム教の開祖ムハンマドの従弟で、娘婿のアリーと、その子孫のみがイマームとして預言者のもつイスラム共同体(ウンマ)の指導者としての職務を後継する権利を持つと主張する。
「シーア」とは
シーアは、アラビア語で「党派」を意味する普通名詞で、初期のシーア派の人々が、「アリー派」(( 、Shī‘ah ‘Alī), と呼ばれたことに由来している。のちには、シーアに単に定冠詞を付したアッ=シーアという語で同派を意味するようになり、宗派の名称として定着した。シーアに属する人のことをシーイー( 、Shī‘ī)といい、スンナ派信徒を意味する「スンナに従う人」(スンニー)に対応する。従って、シーアあるいはシーイーに「派」という語を付すのは「派・派」となり厳密に言えば同一語の繰り返しである。次のエントリ信徒分布
信徒は世界中に分布するが、イラン、イラク(国内のムスリムは全人口の95%、全人口の3分の2がシーア派)、レバノン(政治的理由から公式資料なし〔レバノン内戦参照〕だが、人口の半数以上を超えているといわれる)、アゼルバイジャン(85%)では特にシーア派住民が多い。またパキスタン(20%)、サウジアラビアの東部(10%)、バーレーン(70%)、オマーン、アフガニスタン(ハザラ人など)にも比較的大きな信徒集団が存在する。次のエントリ教義
アリーの子孫のみがイマームとしてイスラム共同体を率いることができるという主張から始まったシーア派は、その後のスンニ派による歴代イマームに対する過酷な弾圧、そしてイマームの断絶という体験を経て、スンニ派とは異なる教義を発展させていった。歴代イマームを絶対的なものと見なす信仰・教義、歴代イマーム(特にアリーとフサイン)を襲った悲劇の追体験(アーシューラー)、イマームは神によって隠されており(ガイバ)、やがてはマフディー(救世主)となって再臨するという終末論的な一種のメシア信仰は、シーア派を特徴付けるものである(但し、ザイド派等これらを否定する分派も存在する)。
スンニ派に比べ、一般に神秘主義的傾向が強い。偶像崇拝の禁止についてスンナ派ほど厳格ではなく、イランで公の場に多くの聖者の肖像が掲げられていることにも象徴されるように、聖人崇拝は同一地域のスンニ派に比べ一般に広く行われている。一時婚があるため、一定の条件を満たせば、恋人同士の婚前交渉が認められる。
しばしばスンニ派と比べて過激派だと言われるとこがあるが、逆に穏健派だと言われることもある。同様に原理主義的だと言われることも原理主義と相容れないと言われることもある。シーア派の実態は分派、学派、時代、地域によって様々であり(スンニ派も同様)、その政治的・宗教的姿勢を一概に言うことはできない。次のエントリ
分派
シーア派は、預言者の後継者の地位をめぐって政治的に分裂した経緯をもつため、しばしば正当なイマームとしてアリーの子孫のうち誰を指名するかの問題によって分派した。現在、宗派として一定の勢力をもつのは、十二イマーム派、イスマーイール派、ザイド派などがある。十二イマーム派はイランやイラク、レバノンなどに勢力をもち、シーア派の比較多数派である。次のエントリ出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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〔バーレーン〕シーア派住民数千人が首都広場を占拠