フジテレビ

フジテレビジョン

'''株式会社フジテレビジョン'''()は、関東広域圏放送対象地域としてテレビジョン放送を行う特定地上基幹放送事業者である。また、スカパー!プラットフォームとしてフジテレビONEフジテレビTWOフジテレビNEXTの放送を行う衛星一般放送事業者でもある。

略称は、コールサイン(アナログ放送:''JOCX-TV''、デジタル放送:''JOCX-DTV'')から一般的に'''CX'''が用いられる(ただし、正式な略称として定められていない)。通称は'''フジテレビ'''、'''フジ'''。

9月までは、76社、5法人、3美術館、1万名強の従業員からなる日本最大のメディア・コングロマリットであるフジサンケイグループの中核企業であり、資本関係上もグループの統括会社となっていたが、2008年10月1日に株式会社フジテレビジョン(旧会社)は、株式会社フジ・メディア・ホールディングスに商号変更、テレビジョン放送関連事業を同日設立した新会社たる「株式会社フジテレビジョン(現行会社)」に事業譲渡および放送免許を承継し、純粋持株会社また、認定放送持株会社となった。本項目では2008年9月30日までの旧会社、および2008年10月1日以降の現行会社について述べる。
次のエントリ[ 概要 ]
フジテレビ
【画像】

概要

各地域の系列局28社で、番組の供給・ネットを目的とする'''フジネットワーク''' ('''FNS''':Fuji Network System) と、ニュース素材の供給・ネットを目的とする'''フジニュースネットワーク''' ('''FNN''':Fuji News Network) を組織している。

地上放送の他にスカパー!(東経124・128度CS放送)、および委託放送事業者であるサテライト・サービスを通じてスカパー!e2(東経110度CS放送)で、フジテレビONEフジテレビTWOフジテレビNEXTの3つのチャンネル(フジテレビワンツーネクスト)を放送していて、一部のケーブルテレビ事業者へもこれらのチャンネルの供給を行っている。

メインバンクは、みずほコーポレート銀行(旧富士銀行)で、FNSチャリティーキャンペーンにおけるフジテレビの振込先もみずほ銀行東京中央支店(旧富士銀行本店)である。また、以前フジテレビで芙蓉グループ提供の番組「感動エクスプレス」「満足!迷い旅」を放送していた。さらに、フジサンケイグループ傘下の広告会社3社と合併した広告会社クオラスがある。また、三菱グループとも関係が深く、以前フジテレビで三菱電機提供の「メントレG」を放送していたほか、FNS系列局でで毎年5月に放送している「ダイヤモンドカップゴルフ」(関西テレビ制作)は三菱自動車工業などの三菱グループ数社が協賛しているほか、現在フジテレビの常務取締役を務める飯島一暢三菱商事の出身である。

取材対象地域には、青森県山梨県が含まれる。

なお、フジテレビジョンの略称は開局当初、「FTV」が用いられた。しかし、正式な略称として定めておらず、後に開局した福島テレビが「FTV」を正式な略称として使用するようになった。これ以降フジテレビジョンは「CX」の略称が用いられている(ただし、これも正式な略称として定められたものではない)。なお、この「CX」とは元々仮局名だった「中央テレビジョン」の名残(Central)である。

社名の由来は諸説あるが、開局に当たり創業者の一人で当時専務取締役だった鹿内信隆が、「庶民に愛されなくてはならない。ポピュラーなものでなくてはならない。日本でポピュラーと言えば桜と富士だから仮に富士テレビでどうだろうか」と提案の上で社名を「'''富士テレビジョン'''」に改めた。しかし、漢字の「富士」は画数が多く、「'''フジテレビジョン'''」に変更された。
次のエントリ[ 沿革 ]
フジテレビ
【画像】

沿革

  • 1957年(昭和32年)11月18日 - 文化放送ニッポン放送を主体とし、東宝松竹大映映画会社各社が参加して、株式会社富士テレビジョン設立(「富士テレビ」に決定される前は「中央テレビジョン」で仮決定されていた)。

  • 1958年(昭和33年)12月 - 商号を'''株式会社フジテレビジョン'''に変更。

  • 1959年(昭和34年)1月9日 - 本免許を受ける。

  • 1959年 (昭和34年) 2月8日 - 試験放送を始める。

  • 1959年(昭和34年)3月1日 - 地上アナログテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-TV)。開局は大阪・毎日放送(MBS)と福岡・九州朝日放送(KBC)と同日。関西地区においては、関西テレビ(KTV)と毎日放送とのネットワーク関係を結ぶが、翌年関西テレビに一本化する。

  • 1959年(昭和34年)6月 - 東名阪福の基幹4局(フジテレビ・東海テレビ(THK)・KTV・KBC)でネットワーク協力体制に調印する。これが後のフジネットワークシステム(FNS) の基礎となる。

  • 1960年(昭和35年)1月17日 - 本局の送信出力を映像50KW、音声12.5KWに増力する。

  • 1964年(昭和39年)9月3日 - 東京オリンピック開始に伴い、カラー試験放送を開始(東京地区では3番目)。最初の番組は『僕は見たんだ』で、午前10時半からの30分番組。

  • 1964年(昭和39年)9月7日 - カラー本放送を開始する。カラー本放送番組第1弾はイギリスの特撮人形劇海底大戦争 スティングレイ」。

  • 1964年(昭和39年)10月1日 - 福岡地区のネット局がKBCからテレビ西日本(TNC)に変更され、CX・THK・KTV・TNCの4社によるネットワーク協力体制が確立する。

  • 1966年(昭和41年)8月 - フジニュースネットワーク(FNN)発足。

  • 1969年(昭和44年)4月 - フジネットワークシステム(FNS)発足。

  • 1971年(昭和46年) - 制作局を廃止させ、系列子会社化(「フジポニー」「フジ制作」「ワイドプロ」など)。報道・スポーツ・生番組以外の番組の制作を委託する(1980年の機構改革で「制作局」を再発足、自社制作を復活させるまで系列子会社の再編をしながら続く)。

  • 1973年(昭和48年)『キンカン素人民謡名人戦』を最後に、自主制作番組がすべてカラー放送になる。

  • 1978年(昭和53年)10月2日 - 音声多重実用化試験放送開始。東京では日本テレビNHK(日本放送協会)に次いで3局目。第1弾は、同日午後5時からのアメリカテレビ映画「コンバット!」の2ヶ国語放送。ステレオ第1弾は、同日午後7時から放送された神宮球場からのヤクルト巨人戦のステレオ放送。

  • 1984年(昭和59年) - フジサンケイグループ議長・鹿内春雄が将来の衛星放送事業(現在のBSフジフジテレビワンツーネクストなど)参画による業務拡大に伴い、局舎面積拡大の必要性を訴え、当時はまだ更地であったお台場への社屋移転構想を発表する。(を参照。)

  • 1985年(昭和60年)12月8日 - 文字多重放送本放送開始。

  • 1986年(昭和61年) - フジサンケイグループ統一CI導入に伴い、現在の「目玉マーク」のロゴ・マークに変更。

  • 1987年(昭和62年)10月 - 日本の地上波テレビ放送局で初めてとなる24時間放送(終夜放送。日曜未明〜月曜早朝及び保守点検時を除く)を開始。

  • 1988年(昭和63年) - 開局30周年を記念してオリエント急行を日本で走らせる。

  • 1989年(平成元年)8月 - 第一世代クリアビジョン放送開始。

  • 1989年(平成元年)頃 - 民放では初めて、ソニー製の1インチ非圧縮デジタルハイビジョンVTR DVH-1000が導入される。

  • 1990年(平成2年)11月 - ハイビジョン試験放送開始。

  • 1993年(平成5年) - 新本社・演奏所となるFCGビルが着工。

  • 1993年(平成5年)3月31日 - 山形テレビがフジネットワークを離脱。

  • 1994年(平成6年)11月 - ハイビジョン実用化試験局免許取得。

  • 1995年(平成7年)4月 - 株式会社フジサンケイグループ本社を合併。

  • 1995年(平成7年)9月 - ワイドクリアビジョン (EDTV-II) 本放送開始。

  • 1996年(平成8年) 8月- 東京都港区台場のFCGビルが完成。河田町からの移転作業が部署別に順次開始される。

  • 1997年(平成9年)3月10日 - 台場のFCGビルへの本社・演奏所機能の移転が完了。本社事業所所在地変更(東京都港区台場二丁目4番8号)。旧河田町本社ビルの解体作業開始。

  • 1997年(平成9年)8月 - 東京証券取引所市場第1部に株式を上場。

  • 1998年(平成10年)4月 - 放送法に基づきCSデジタル放送2チャンネルの委託放送事業者の認定を受ける。

  • 1998年(平成10年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ721」(現フジテレビTWO)放送を開始。

  • 1999年(平成11年)4月 - CSチャンネル「フジテレビ739」(現フジテレビONE)放送を開始。

  • 2000年(平成12年)12月1日 - 午前11時、系列のBSデジタル放送『BSフジ』(デジタルBS8Ch)開始。

  • 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送を開始(JOCX-DTV)。

  • 2005年(平成17年)1月17日 - 系列ラジオ局のニッポン放送株式の公開買付(TOB)を発表した。その結果、ニッポン放送発行済み株式の36.47%を取得した。

  • 2005年(平成17年)5月23日 - ライブドア・パートナーズを買収し同社の商号を『LFホールディングス』に変更(7月12日に合併)。

  • 2005年(平成17年)6月13日 - 産業再生法に基づく事業再構築計画の認定を受ける。2008年(平成20年)5月まで。

  • 2005年(平成17年)7月15日 - 地上波キー局として初めてのブロードバンド動画配信サービス、「
  • フジテレビ On Demand」のサービスを開始。
  • 2005年(平成17年)9月1日 - ニッポン放送と株式交換し、同社を完全子会社化。

  • 2006年(平成18年)1月22日 - ライブドア証券取引法違反で1月18日に家宅捜索される。

  • 2006年(平成18年)3月15日 - ポッドキャスティングフジポッド」の配信開始。

  • 2006年(平成18年)3月16日 - 日枝会長が記者会見を行いUSEN宇野康秀社長にフジテレビが所有するライブドア持ち株を95億円で全株譲渡しUSENとの業務提携を発表。同時にライブドアとの提携解消とライブドア・ショックにより受けたフジテレビの損害総額345億円の賠償請求を行うことを決定した。

  • 2006年(平成18年)4月1日

  • ** 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
    ** ニッポン放送からアナウンサーを含む47人がフジテレビに転籍。
  • 2006年(平成18年)4月3日 - 事業持株会社化し、フジサンケイグループの統括会社になる。これとともに株式会社ニッポン放送ホールディングス(旧ニッポン放送、これまでのラジオ放送事業・中波放送局免許は『株式会社ニッポン放送』を新設し、同社に承継)を吸収合併し、ニッポン放送保有のフジテレビ株式は吸収後消却され、ポニーキャニオンディノス等ニッポン放送傘下の企業がフジテレビ傘下に移動。

  • 2007年(平成19年)3月26日 - ライブドアに対する345億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起したと発表した。

  • 2007年(平成19年)3月29日 - ポニーキャニオンと扶桑社の発行済み全株式を取得し、完全子会社化。同時にBSフジへの出資比率を上げる。

  • 2007年(平成19年)9月1日 - ハイビジョンでの報道取材を開始する(スポーツ報道の一部は以前からハイビジョン化されている)。

  • 2007年(平成19年)9月14日 - 東京都江東区青海臨海副都心に建設した「フジテレビ湾岸スタジオ」の運用を開始。

  • 2008年(平成20年)4月1日 - CSチャンネル「フジテレビCSHD」(現フジテレビNEXT)放送を開始。在京民放キー局主体で初のCS放送によるハイビジョン放送である。

  • 2008年(平成20年)9月4日 -総務大臣から、放送法に基づく認定放送持株会社の認定を取得し、また新設会社(2008年10月1日設立)へのテレビジョン放送免許の承継が許可された。

  • 2008年(平成20年)10月1日 - 株式会社フジテレビジョンが『株式会社フジ・メディア・ホールディングス』に商号変更、認定放送持株会社に移行、同時に地上波放送関連事業を分社新設分割方式による事業子会社『株式会社フジテレビジョン(新設会社)』に放送免許共々承継。社名ロゴマークは変更せず新設会社がそのまま承継した。

  • 2008年(平成20年)12月1日 - ファイル配信に対応した地上波(アナログ・デジタル)・BS波(BSフジ)・CS波(フジテレビワンツーネクスト)の統合型デジタルマスター設備(東芝製)が稼動。同時に地上デジタルテレビジョン放送のサブチャンネル番号「083」の運用開始。3分割放送が物理上可能となる。マスター切換は3段階に分けて行なわれ、第1段階は地上波、第2段階は2009年4月にCS放送(フジテレビワンツーネクスト)、第3段階は2009年10月にBS放送(BSフジ)の順で切換を行なった。

  • 2010年(平成22年)4月23日 - CS放送のフジテレビNEXTにて、同局初の3Dハイビジョンによる番組「アリス3D」を放送(同局の音組による制作)。この際、この番組の冠スポンサーであるパナソニックによる日本初の3DハイビジョンCM(プロゴルファーの石川遼選手が出演)も放送された。

  • 2010年(平成22年)7月5日 - NHK民放連の申し合わせにより、地上アナログ放送における全番組が、地上デジタル放送への完全移行を前提にレターボックス放送(画角サイズ16:9)に移行。

  • 2011年(平成23年)10月31日 - 『めざましテレビ』・『情報プレゼンター とくダネ!』・『FNNスピーク』などフジテレビの生放送報道・情報番組が全てフルステレオ放送化された。
  • 次のエントリ[ 1950年代 - 1960年代 ]
    フジテレビ
    【画像】
    フジテレビ
    【画像】

    1950年代 - 1960年代

  • 1957年6月に、文化放送ニッポン放送東宝松竹大映等が免許を申請し、翌7月に予備免許が交付された。その後、事業体として同年11月、東京都千代田区有楽町一丁目7番地に資本金6億円で「株式会社''富士''テレビジョン」として設立(翌年12月に現在の商号に変更)。開局から1986年3月31日までのシンボルマークはチャンネルナンバー「8」を図案化したもの。(関西テレビ放送沖縄テレビ放送とは多少違う)ロゴは産経新聞(当時はサンケイ)やニッポン放送の旧書体に似た旧フジサンケイグループ標準書体(亀倉雄策の作)だった。

  • 1959年1月に東京都新宿区市ヶ谷河田町7番地(後の新宿区河田町3-1)に本社ビルを完成させ(本社所在地の変更は1962年)、同年3月1日に東京で3番目(開局順としては4番目だが、総合局と教育局の都合上現在は3番目)のテレビ局として放送を開始した(放送開始当時は映像出力10KW、音声出力2.5KW。1960年1月17日に空中線電力を50kwに増力した)。チャンネルは当初「1」を希望していたが、NHK教育テレビ総合テレビが獲得。『4』も既に日本テレビ放送網が、『6』もラジオ東京テレビ(KRT。現在のTBS)が取得していたため、第8チャンネルとなった。

  • 1959年3月、開局と同時にトーク番組スター千一夜』が放映開始。当時の映画会社が締結した「五社協定」により、映画スターのテレビ出演が難しい時代であったが、“芸能番組への出演”という形でなく、時事に絡めた社会の話題として取り上げることにより出演を取り付けるという画期的な方法を採った。

  • 1959年6月17日渡辺プロダクションの制作指揮による音楽番組『ザ・ヒットパレード』が放映開始。これ以降、フジテレビと同事務所の間で太いパイプが築かれてゆく(も参照)。

  • 1963年1月1日、日本初の国産テレビアニメ鉄腕アトム』が放映開始。

  • 1964年1月1日、正月恒例の『新春かくし芸大会』が放映開始。翌1965年からは司会者にNHK出身で、日本初のフリーアナウンサーでもある高橋圭三を迎え、規模も年々拡大。『NHK紅白歌合戦』などと並ぶ年末年始の風物詩的番組として2010年まで続いた。

  • 1965年10月6日、日本初のカラーテレビアニメ『ジャングル大帝』が放映開始。

  • 1969年、フジテレビ労組で女子社員の25歳定年制の撤廃が議論される。同制度に抗議して全ての女子社員が赤いバラを胸に付けて抗議活動をした。同年、東京都地労委にあっせん申請。
  • 次のエントリ[ 1970年代 - 1980年代 ]

    1970年代 - 1980年代

  • 1976年、「プロ野球ニュース」がキャスターに佐々木信也を迎えて放送再開される。アニメ・子供向け番組などでは注目されたが、全般としては、特に現代ドラマにおいて視聴率が低迷し迷走を極めていた1970年代を経て、1981年にそれまでの「母と子のフジテレビ」を改め、「'''楽しくなければテレビじゃない'''」というキャッチフレーズを打ち出した。面白い番組・視聴者の笑いを取れる番組を生み出そうという意識改革のスローガンであった。そこから横澤彪がプロデュースした『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』『笑っていいとも!』など数々の人気番組が生まれていった。このような状況は当時のキャッチコピーから「'''軽チャー路線'''」(かるちゃーろせん)とも評された。バラエティ番組中心の編成は結果として視聴者の支持を集め、1982年に「年間視聴率三冠王」(ゴールデン・プライム・全日でトップ)を獲得。その後「三冠王」は12年間続いた。1984年には年間売上高でもキー局トップとなり、名実ともに日本最大の民放テレビ局へと成長していった。

  • 1983年にスタートした『オールナイトフジ』で生放送型深夜番組のブームを巻き起こした。また、1987年10月、日本の地上波テレビ局で初の24時間放送を開始。深夜枠のソフト充実を目的に『JOCX-TV2』と銘打って実験的な内容の番組を多数開始した。以降、『やっぱり猫が好き』や『夢で逢えたら』など新感覚の番組が高い評価を受ける。

  • 1980年代後半のバブル景気時には、いわゆる「トレンディドラマ」が人気を博し、ゴールデン・プライム帯の視聴率を押し上げた。

  • 1987年7月、同局開局以来の24時間編成の大型番組として『テレビ夢列島(現:FNSの日)』を放送。
  • 次のエントリ[ 1990年代 ]

    出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

    別のワードで検索!
    まずは検索→

    トレンドマガジン [マグゥ]でフジテレビを検索
    フジテレビ

    フジテレビ
    といえば…

    フジテレビの記事

    8.21フジテレビ抗議デモ報道に思うフジテレビを見よう!!各テレビ局、紳助司会の番組を差し替えへ  ヘキサゴンファミリーはどうなってしまうのか参照3 東電役員は死刑に。管も仲良く死刑に。民主党議員もスパイ容疑で死刑に。【現在ニコ生にてノーカット会見放送中】島田紳助、芸能界を引退

    フジテレビのニュース

    ストーリア:Storia|フジテレビジョンウエディングフジテレビでウエディングをフジテレビが11/12シーズン ブンデスリーガ放送権獲得を発表 - サッカー ...アメリカでもフジテレビ-FCI 日本語放送情報サイト - Fujisankei -フジテレビデモ ワロタwww 鬼女「チャングンソクは誰だー!」参加者「誰だ ...www.さとなお.com(さなメモ): フジテレビ「スーパーニュース」と連携します

    フジテレビの掲示板

    ストーリア:Storia|フジテレビジョンウエディングフジテレビでウエディングをフジテレビが11/12シーズン ブンデスリーガ放送権獲得を発表 - サッカー ...アメリカでもフジテレビ-FCI 日本語放送情報サイト - Fujisankei -フジテレビデモ ワロタwww 鬼女「チャングンソクは誰だー!」参加者「誰だ ...www.さとなお.com(さなメモ): フジテレビ「スーパーニュース」と連携します

    フジテレビの情報

    ストーリア:Storia|フジテレビジョンウエディングフジテレビでウエディングをフジテレビが11/12シーズン ブンデスリーガ放送権獲得を発表 - サッカー ...アメリカでもフジテレビ-FCI 日本語放送情報サイト - Fujisankei -フジテレビデモ ワロタwww 鬼女「チャングンソクは誰だー!」参加者「誰だ ...www.さとなお.com(さなメモ): フジテレビ「スーパーニュース」と連携します
    人気の話題TOP10

    [2012/2/15 15:04更新]
    1時間前:1位(628pt)
    1時間前:圏外(600pt)
    1時間前:圏外(584pt)
    1時間前:圏外(534pt)
    渡島
    5位 渡島
    1時間前:圏外(472pt)
    1時間前:9位(422pt)
    1時間前:圏外(408pt)
    内博貴
    8位 内博貴
    1時間前:10位(402pt)
    1時間前:11位(397pt)
    1時間前:13位(388pt)
    続きはこちら
    >>
    ▼おすすめキーワード▼
    ▼人気の話題ランキング▼