中山秀征
'''中山 秀征'''(なかやま ひでゆき、1967年7月31日 - )は、日本のタレント、司会者、俳優、元お笑いタレント。概説
群馬県藤岡市出身。所属事務所はワタナベエンターテインメント。愛称「ヒデちゃん」。東京都立久留米高等学校中退。妻(白城あやか/宝塚歌劇団の元星組トップ娘役)との間に4人の男の子がいる。次のエントリ来歴
渡辺プロダクションの“第2の吉川晃司募集”のオーディションに応募して合格。ちなみに応募用のデモテープには梅沢富美男の『夢芝居』を吹き込んだ。松野大介(現・小説家)と「'''ABブラザーズ'''」を結成し、1985年、フジテレビ『'''ライオンのいただきます'''』のアシスタントとしてメジャーデビューした。『ABブラザーズのオールナイトニッポン』(1985年10月 - 1987年7月 ニッポン放送)を担当するなど若い女性を中心に人気を博する。だが、『いただきます』を卒業した1989年を境に人気は低下する。以降、単独での俳優や司会の仕事にシフトし、お笑い芸人であることを求めた松野との方向性の違いが顕著になる。1992年には、お笑い第三世代に追われるように、ABブラザーズとしての活動は自然消滅する(ビートたけしが中山に「お前はピンでやった方がいい」と勧めたともいわれる)。後に松野は、この時期の中山との関係をモチーフとして、自伝的小説『芸人失格』(幻冬舎)を執筆する。
1991年には『東京ラブストーリー』、『デパート!夏物語』などの人気テレビドラマにバイプレイヤーとして参加。また、1992年から、『DAISUKI!』(日本テレビ系)にレギュラー出演するようになる。松本明子や飯島直子らと交わす軽妙なトークが視聴者の支持を集め、深夜の放送であったのにもかかわらず、高い視聴率を記録する。
『DAISUKI!』の終了とほぼ入れ替わりの時期で、飯島愛とのコンビで『ウチくる!?』がスタート(飯島引退後は久保純子とのコンビに)、2005年秋に日本テレビの『ラジかる!!』のメイン司会を担当する。関東ローカルながら久しぶりに平日の帯番組を持つことになった(「ラジかる!!」の金曜日の放送はなかった)。中山をはじめとする出演者の自由な雰囲気でのトークやタカアンドトシ、ザ・たっちなど出演する若手芸人の活躍もあり夕方ながら高視聴率を叩き出す人気番組に成長する。翌年の春には『ラジかるッ』に改題して昼前の枠に移動、ここでも人気・視聴率とも好調で視聴率10%を超えたこともあった。
2009年3月30日から『ラジかるッ』・『おもいッきりイイ!!テレビ』の流れを汲み、統合された新番組『おもいッきりDON!』のメインキャスター(アンカーマン)となり、みのもんたに代わる日本テレビのお昼の顔となっている(同年秋の改編で第1部の司会をビビる大木・岡田圭右(ますだおかだ)に譲り、第2部のメインキャスターに専念となった)。その後、2010年3月26日で『おもいッきりDON!』としては終了し、29日より『DON!』にリニューアルされた。
中山と同じ群馬県出身のタレント井森美幸と共に群馬県のPRを務める「ぐんま大使」を務めている。次のエントリ
エピソード
主な出演作品
現在出演中の番組は'''太字'''で表示。次のエントリ出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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"うちの親父とまだ交流があった頃「中山秀征は売れるがおまえは売れない」と何故か急に言い出して、 その理由は、中山秀征は誰でも当たり前に思うことを当たり前のトーンで当たり前に言う能力がある という話をしてて..."