中部日本放送
'''中部日本放送株式会社'''(ちゅうぶにっぽんほうそう、英文表記:'''Chubu-Nippon Broadcasting Co., Ltd.''')は、中京広域圏(愛知県・岐阜県・三重県)を放送対象地域とする放送局である。略称は'''CBC'''で、県内外で正式社名よりCBCの名称が定着している。テレビ局はTBSテレビをキー局とするJNN系列であり、ラジオ局はTBSラジオをキー局とするJRN系列。系列新聞は中日新聞社で、社名も当時の中部日本新聞(現・中日新聞)にちなんだといわれている。名証第1部に上場している(証券コード:9402)。
9月1日に、大阪府の新日本放送(現・毎日放送)と並び、日本で最初の民間ラジオ放送局但し、元毎日放送社長の斎藤守慶氏は、NHKの前身の3つの社団法人こそ民放第一号だという説を唱えている。出典:『放送新時代~「星の時代」の挑戦~』として開局。新日本放送の半日前に民間放送として最初の放送を開始している。同時にこれまで日本放送協会(NHK)が独占的に放送を行なってきた時代に幕を閉じ、日本の民間放送の草分け的存在となった放送局である。
ラジオについてはCBCラジオを参照。
局の基本データ
** ラジオ : JOAR 1053kHz(送信所:三重県桑名市長島町松陰、中部日本放送長島ラジオ送信所)
** アナログテレビ : JOAR-TV '''5ch'''(送信所:名古屋市中区栄 久屋大通公園内、名古屋テレビ塔)
** デジタルテレビ : JOAR-DTV 18ch(送信所:愛知県瀬戸市幡中町、瀬戸デジタルタワー)リモコンキーID'''5'''
** 本社所在地:名古屋市中区新栄一丁目2番8号、郵便番号460-8405。
** GCNコードは1029。
** 5は本来、テレビ朝日とその系列局が使う番号であり、テレビ朝日系列(5を使うのは主に東日本放送、新潟テレビ21、静岡朝日テレビ、広島ホームテレビ、瀬戸内海放送、山口朝日放送、長崎文化放送、熊本朝日放送など)以外でリモコンキーID「5」を使うのは本局、STVの他にSTVと同じ日本テレビ系列の福岡放送、独立UHF局のKBS京都とテレビ和歌山がある。次のエントリ
沿革
** 社屋:現在のCBC放送センターの場所で送信所の様な社屋だった。正面玄関の壁に「1090KC JOAR」の点灯式看板が付いていた(KC:キロサイクルというのは、周波数単位・現在のKHz:キロヘルツである)。社屋の写真は社史「東海の虹 中部日本放送10年史」と「中部日本放送50年のあゆみ」(愛知県図書館等で所蔵中)で確認出来る。
** 送信所:愛知郡鳴海町伝治山(現・名古屋市緑区鳴海町伝治山=現在、県営伝治山住宅などがある。詳細はを参照されたい)
**同年7月1日 - 川島ラジオ中継局開局(639kHz 500W)。中継局開局まで夜間の受信が不安定だった、尾張北部~岐阜西濃地区の受信状態が改善した。
テレビネットワークの移り変わり
開局当初の動き
** 信越放送(SBC)は創業時出資状況が芳しくなく、地元・信濃毎日新聞の支援も期待できなかった事から代わりにCBCが支援の手を差し伸べることとなり、当時はCBC番組を直接受信し、そのまま中継しようと検討していた。
** 北日本放送(KNB)も先行きが不安であった事や、戦前から中日の母体である新愛知や名古屋新聞が北陸に進出していた関係で、CBC首脳陣とKNB首脳陣にも交流があったためCBCがKNBに一部出資を行っていた。
** 福井放送(FBC)は開局直後に経営が悪化。地元・福井新聞とは無関係であったことから、CBCは中日新聞と共にFBCの支援に乗り出す事となり契約締結まで漕ぎ着けたが、その後FBCの経営権を握った加藤ビルディング一派により契約は解除され、CBCと中日新聞は撤退。その代わりにFBCは福井新聞と関係を結んだ。
** 三重県の県域局・ラジオ三重(RMC)は経営難から中日新聞が支援に乗り出したが、中日はCBCに対しラジオ三重への支援を要請。CBCの電波料を増額し、増額分をラジオ三重へ付け回すように指示した。別エリアにあるネット局に対するのならともかく、同一エリア内の競合局に対するこの行為はスポンサーへの背信となるためCBCは拒絶。それでも中日への義理を果たすため、以降営業支援金が毎月一定額CBCからラジオ三重へ送金されていた。なお、このラジオ三重は近畿東海放送(KTB)を経て、1959年に岐阜のラジオ東海(RTC)と合併。現在の東海ラジオ放送(JOSF)となっている。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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