欽ちゃんの仮装大賞
'''仮装大賞'''は、この項目へされています。この項目では、日本テレビの番組について記述しています。『'''欽ちゃんの仮装大賞'''』(きんちゃんのかそうたいしょう、英字表記:''ALL JAPAN KASOH GRAND-PRIX'')は、日本テレビ系列で年2回、特に1月と5月頃に放送(以前は年3回、9月も放送)されている視聴者参加番組である。2011年1月9日の放送で、85回目を数える。
番組タイトルは過去に何度か変遷しているが(詳細は“概要”の項参照)、本記事名は通称である「欽ちゃんの仮装大賞」とする。
地上デジタル放送では、第78回までは、4:3SD(標準画質映像)のアップコンバート放送(両サイドに番組タイトルを記載したパネルを表示)となっていた(第78回の放送では、4:3SDのアップコンバートであるにもかかわらず、「HV ハイビジョン番組」を「字幕放送」とともに本編中3回表示していた)が、2008年正月放送の第79回からは、完全に16:9フルサイズのハイビジョン制作となった。
* 欽ちゃんの仮装大賞の作品一覧
番組内容
毎回全国の視聴者がアイディアを練り、東京のJCBホール、東京ビッグサイトや千葉の幕張メッセ(以前は水道橋の後楽園ホールで行われた)を舞台に、練習を重ねて作り上げた「'''仮装作品'''」で優勝賞金100万円を目指して競い合う番組。募集は電話・はがき・インターネットにより受け付ける(初期には『ズームイン!!朝!』で募集をしていた)。全国各地で予選を行い、その中から約30 - 50組ほどが本選に出場する。近年では35組に限られてしまった。次のエントリ
番組の歴史
人気お笑いコンビ・コント55号の萩本欽一が司会をするこの番組は、1975年から3年連続で大晦日に放送された『コント55号の紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!なんてことするの!?』の流れを汲んで企画された。初放送は1979年12月31日の21:00 - 23:30で、このときのタイトルは『'''欽ちゃんの紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!第1回全日本仮装大賞〜なんかやら仮そう!〜'''』( - こうはくうたがっせんをぶっとばせ!だいいっかいぜんにほん - )であった。新宿コマ劇場を舞台に全国の予選を勝ち抜いた78組が出場した。当初は仮装行列的な作品が中心だったが、回を重ねるごとにその内容が進化。1988年1月2日に放送された第23回大会からは、初のハワイ予選を皮切りにロサンゼルス、香港、台湾などでも、放送と地区予選が行なわれるほどの国際的番組に成長していった。
放送開始から24年間は、萩本の単独司会だったが、2002年1月1日に放送された第65回からは、SMAPの香取慎吾が萩本と共に司会を務める事となった。これ以降、香取は萩本のアシスタント的役割を中心にし、進行兼アシスタント的存在となっている。
なお萩本は1985年3月に当時のレギュラー番組を全て降板し休養に入っているが、唯一本番組だけは例外として、休養期間中(回数で言うと第15回・第16回)も司会を務めた。萩本が後に語ったところによれば、萩本は休養宣言時に本番組からも降板するつもりだったところ、番組立ち上げ時のディレクターである齋藤太朗から「欽ちゃんの番組は欽ちゃんがやめると言えば終わりだけど、これは素人の番組だ。俺が一生懸命作って、素人ががんばったんだよ。欽ちゃんはその司会をしているんで、勝手にやめるっていえないんじゃないの」と説得され、降板を思いとどまったという。
番組タイトルは何回か変更されている。第64回までは『'''欽ちゃんの爆笑仮装コンテスト 第○回全日本仮装大賞'''』( - ばくしょう - )だったが、香取が司会に着任した第65回と第70回 - 第76回までは『'''欽ちゃん&香取慎吾の新!仮装大賞'''』( - アンド・かとりしんごのしん - )に変更された。また、第66回 - 第69回、そして第77回からは『'''欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞'''』となり現在に至る。
第1回から第4回までは、基本的に年末年始・春の年2回放送であった。しかしながら、応募者の増加と第4回の20.8%という高視聴率により、第5回から基本的に正月・春・秋の年3回放送となった。しかし、第70回を最後に秋大会が廃止となり、現在は1月上旬(収録は年末~正月三が日)と春の年2回放送に戻っている。今後についても、年2回体制での収録・放送が確定している模様。
過去には『スーパースペシャル』、『木曜スペシャル』などの枠で放送されていた。また、1982年以降(第5回)の正月放送分は18:30 - 20:54の2時間半枠(※第23回を除く)、香取加入後の3年間は18:00 - 20:54の3時間枠で放送されていたことがある。
その後2009年正月までは、正月大会を1月第1週に、春大会を5月第1週に、ともに19:00 - 20:54の2時間枠で放送していた。
なお、2009年5月5日(火曜日)放送の第82回大会は、(当時)19:00 - 19:58に放送されていた『サプライズ(後のSUPER SURPRISE)』(後に19:56までに短縮)のため、史上初の19:58 - 21:54の時間帯で放送、さらに(当時の)『サプライズ』火曜日と金曜日の次番組への接続はステブレレスとなっているため、30年に渡る歴史でも珍しい(第44回以来の)ステブレレス開始となった。
それから1年後の2010年5月4日(火曜日)放送の第84回大会は、『SUPER SURPRISE』が火曜放送のみ(同時に『火曜サプライズ』と改題)となるも、依然として19:56終了→ステブレレス接続となっているため、史上初の19:56 - 21:54の時間帯での放送、および3回目のステブレレス開始となった。次のエントリ
受賞
近年のトピックス(2001年 -)
**その賞金パネルは一万円券をモチーフにした物で、第1回から第14回までは当時発行されていたC一万円券を模していたが、D一万円券が発行されて初の回となった第15回(1985年1月1日)以降はD一万円券を模した物となった。そのため、萩本のイラストが描かれていた部分は、一万円券で言う肖像(聖徳太子→福沢諭吉)だった。
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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