日刊スポーツ
'''日刊スポーツ'''(にっかんスポーツ、''NIKKAN SPORTS'')は、日本国内で発行される日刊のスポーツ新聞である。通称'''ニッカン'''。概要
1946年3月6日に日本初のスポーツ新聞として東京都で創刊した。創業者は徳島県出身の川田源一。発行所の節でも述べるように、全国各地の4社から発行されている(沖縄のみ印刷・発行委託)。いずれも株式会社法人であり、商号は「株式会社」を先に置いている。
朝日新聞社と関係が強く、日刊スポーツ新聞西日本の前身会社となる名古屋日刊スポーツ新聞社・大阪日刊スポーツ新聞社・西部日刊スポーツ新聞社の歴代社長は、全て朝日新聞社出身である。また、沖縄タイムス社は朝日新聞社と報道協定を結ぶなど協力関係にあり、沖縄版の現地印刷・発行の委託を開始するなど、事実上のフランチャイズ契約を結んでいる。次のエントリ
特徴
誤報
創刊年とエリア
●東京 1946年●大阪 1950年
創刊当初は神戸市の神港新聞社により「'''オール・スポーツ'''」として発行。のちにオール・スポーツ社として分立し大阪府に移転。1957年、経営難から朝日新聞社に援助を打診、当時、大阪府枚方市で朝日新聞販売店を経営していた川田某が中心となって瀕死のオール・スポーツ社を救済してなんとか立て直した。日刊スポーツは全国展開の狙いもあって株式会社大阪日刊スポーツ新聞社の経営に参加した。2009年4月、同社を存続会社として、後述の名古屋日刊スポーツ新聞社・西部日刊スポーツ新聞社を合併し、株式会社日刊スポーツ新聞西日本となった。
●北海道 1962年
北海タイムス社と提携して発行開始。株式会社日刊スポーツ新聞北海道本社となる。後に現社名(株式会社北海道日刊スポーツ新聞社)に変更。地元の北海道新聞社系列の「道新スポーツ」より古い歴史を有し、北海道では高いシェアを誇る。
●名古屋 1969年
創刊当初は大阪本社で発行を開始した。1974年に大阪本社名古屋総局設立(後に支社となる)。1995年に大阪本社名古屋支社から株式会社名古屋日刊スポーツ新聞社へ分離独立した。新聞の印刷は1990年から岐阜新聞社に委託していたが、現在は朝日プリンテック西春工場(北名古屋市)で印刷している。ただし岐阜県では毎日新聞系のスポーツニッポンともども岐阜新聞販売所で委託販売しており、岐阜放送(ぎふチャン・GBS)の番組表に一時期'''「日刊スポーツのご購読のお申し込みは朝日新聞、または岐阜新聞販売店にお問い合わせ下さい」'''と掲載されたこともあった。
●西部 1977年
「九州にも日刊スポーツを」という九州・山口地方のファンの要望にこたえ、朝日新聞社、九州朝日放送などが出資して北九州市に株式会社西部日刊スポーツ新聞社を設立、1977年4月1日に西部版第1号(紙齢は大阪版と同一)を発刊。2007年1月15日、北九州市と福岡市に分散していた本社機能を福岡市に全面移転した。創刊当初は大阪版の紙面を使用していた。1980年代後半から東京制作の記事を増やしたが、2009年4月以降は名古屋以西の発行本社3社のグループ再編による新会社「日刊スポーツ新聞西日本」が発足したのに伴い、再び大阪制作の記事中心に戻る。印刷は太宰府市の朝日プリンテックの工場及び下関市のみなと山口合同新聞社の2カ所で行っている。なお、みなと山口合同新聞社では「九州スポーツ」(東京スポーツの九州版)の編集・印刷も行っている。ただし、山口県東部地方(防府市以東)と島根県石見地方は、2010年4月5日より広島地区での受託印刷工場の変更(中国新聞福山制作センター→広島制作センター)に伴い、同日付より発行エリアが西部版から大阪版に変更となった。
●沖縄 1984年
朝日新聞と関係が深い沖縄タイムス社との提携による。沖縄版は12ページで発行され、公営競技面、中央競馬面、社会面(紙面が余った場合は掲載する。余らない場合は芸能面を省くことすらある。)、テレビ欄は掲載されていない(中央競馬の重賞レースが1面の場合、沖縄県は西日本であるが東京と同じものを掲載)。広告も沖縄県内の広告に一部差し替えている(東京版の広告がそのまま載ることも多い)。次のエントリ
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
別のワードで検索!
トレンドマガジン [マグゥ]で日刊スポーツを検索





今朝の日刊スポーツ