日本国

日本

'''日本国'''(にっぽんこく、にほんこく)、または'''日本'''(にっぽん、にほん)は、日本列島及び周辺の島々を領土とする国家である。
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国号

日本国」あるいは「日本」という国号は、日本列島が中国大陸から見て東の果て、つまり「日の本(ひのもと)」に位置することに由来していると考えられる。憲法の表題に「日本国憲法」や「大日本帝国憲法」と示されているが、国号を「日本国」ないしは「日本」と直接かつ明確に規定した法令は、存在しない。次のエントリ[ 由来 ]
日本国
【画像】ファイル:玉案宝典日本国図.jpg

由来

日本」の国号が成立する以前、日本列島には、中国の王朝から「倭国」(雅称として瀛州(えいしゅう)•東瀛(とうえい))と称される国家があった。「日本」という国号の初見は、702年である。倭国と日本国との関係について、日本書紀は、「ヤマト」の勢力が中心に倭を統一した古代の日本では、漢字の流入と共に「倭」を借字として「ヤマト」と読むようになり、やがて、その「ヤマト」に当てる漢字を「倭」から国号として「日本」に変更し、当初は「日本」と記して「ヤマト」と読んだとする。旧唐書は、倭国と日本国を併記した上で、日本国は倭国の別種とし、倭国が日本国に改名した可能性と元小国の日本が倭国を併合した可能性について記している。

日本」という国号の成立時期は、7世紀後半から8世紀初頭までの間と考えられる。この頃の東アジアは、618年に成立したが勢力を拡大し、周辺諸国に強い影響を及ぼしていた。斉明天皇658年臣の安倍氏に外国である粛慎(樺太)征伐を命じている。唐と倭国とのかかわりにおいて663年白村江の戦いでの倭国軍の敗戦により、唐は劉徳高や郭務悰、司馬法聡らの使者を倭国に遣わし、唐と倭国の戦後処理を行っていく過程で、倭国側に唐との対等関係を目指した律令国家に変化していく必要性が生じたことを契機として、668年には天智天皇日本で最初の律令である近江朝廷之令(近江令)を制定、そして672年壬申の乱を経て強い権力を握った天武天皇は、天皇を中心とする体制の構築を更に進め、689年飛鳥浄御原令から701年大宝元年)の大宝律令の制定へと至る過程において国号としての「日本」は誕生したと考えられる。

具体的な成立の時点は、史料によって特定されていない。ただ、それを推定する見解は、二説に絞られる。まず一説は、天武天皇の治世(672年 - 686年)に成立したとする説である。これは、この治世に成立したと解される「天皇」号と同時期に「日本」号も成立したとする見解である。例えば吉田孝は、689年の飛鳥浄御原令で「天皇」号と「日本」号と両方が定められたと推測する。もう一説は、701年(大宝元年)の大宝律令の成立の前後に「日本」号が成立したとする説である。例えば神野志隆光は、大宝令公式令詔書式で「日本」号が定められたとしている。『日本書紀』の大化元年(645年)七月条には、高句麗・百済からの使者への詔に「明神御宇日本天皇」とあるが、今日これは、後に定められた大宝律令公式令を元に、『日本書紀』(720年(養老4年)成立)の編者が潤色を加えたものと考えられている。

8世紀前半の唐で成立した『唐暦』には、702年(大宝2年)に「日本国」からの遣使(遣唐使)があったと記されている。後代に成立した『旧唐書』、『新唐書』にも、この時の遣唐使によって「日本」という新国号が唐(武則天、大周)へ伝えられたとの記述がある。両書とも「日の出の地に近いことが国号の由来である」とし、国号の変更理由についても「雅でない倭国の名を嫌ったからだ」としている。国号の変更の事情について、『旧唐書』が「小国だった日本が倭国を併合した」とするのに対し、『新唐書』が「倭が日本を併合し、国号を奪った」としている。いずれにせよ、これらの記述により、702年に「日本」国号が唐によって承認されたことが確認できる。これまでに発見されている「日本」国号が記された最古の実物史料は、開元22年(734年日本天平6年)銘の井真成墓誌である。

『旧唐書』・『新唐書』が記すように、「日本」国号は、日本列島を東方に見る国、つまり中国大陸からの視点に立った呼称である。平安時代初期に成立した『弘仁私記』序にて、日本国が中国に対して「日の本」、つまり東方に所在することが日本の由来であると説明され、平安時代に数度に渡って行なわれた日本書紀の講読の様子を記す『日本書紀私記』諸本においても中国の視点により名付けられたとする説が採られている。

隋書』東夷伝に、倭王が皇帝への国書に「日出ずる処の天子」と自称したとあり、このときの「日出ずる処」という語句が「日本」国号の淵源となったとする主張もある。しかし、「日出ずる処」について、仏典『大智度論』に東方の別表現である旨の記述があるため、現在、単に文飾に過ぎず、「日本」国号の成立と無関係と考えられている。
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日本国
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日本語での発音

「'''にっぽん'''」、「'''にほん'''」と読まれる。日本政府は、正式な読み方を明確に定めていないが、どちらの読みでも良いとしている第171回国会 質問第570号 日本国号に関する質問主意書 衆議院公式サイト。雅語で「ひのもと」と読むこともある。

日本」の国号が成立する以前、中国の王朝から「倭国」・「倭」と称されていたが、「ヤマト」の勢力が中心に倭を統一した古代の日本では、漢字の流入と共に「倭」を借字として「ヤマト」と読むようになった。やがて、その「ヤマト」に当てる漢字を「倭」から「日本」に変更し、これを「ヤマト」と読んだ。

同時に、7世紀の後半の国際関係から生じた「日本」国号は、当時の国際的な読み(音読)で「ニッポン」(呉音)ないし「ジッポン」(漢音)と読まれたものと推測される。いつ「ニホン」の読みが始まったか定かでない。平安時代の仮名表記では、促音・濁音の区別が無かったため、「ニッポン」音も「にほん」と表記された。ここから「ニホン」の読みが起こったと考えられる。しかし、日本語のハ行音は、P音 → F音 → H音と変化したと考えられ、江戸時代以降にH音が定着したので、仮名で「にほん」と表記されたものを平安時代に「ニッポン」ないし「ニポン」と読み、やがて「ニフォン」に変化し、江戸時代の後期に「ニホン」と読むようになったと考えられる。また、平安時代に「ひのもと」とも和訓されるようになった。

室町時代の謡曲・狂言は、中国人に「ニッポン」と読ませ、日本人に「ニホン」と読ませている。安土桃山時代にポルトガル人が編纂した『日葡辞書』や『日本語小文典』等には、「ニッポン」「ニホン」「ジッポン」の読みが見られ、その用例から判断すると、改まった場面・強調したい場合に「ニッポン」が使われ、日常の場面で「ニホン」が使われていた。このことから小池清治は、中世の日本人が中国語的な語感のある「ジッポン」を使用したのは、中国人・西洋人など対外的な場面に限定されていて、日常だと「ニッポン」「ニホン」が用いられていたのでは、と推測している。なお、現在に伝わっていない「ジッポン」音については、その他の言語も参照。

その後、明治に入っても「ニッポン」「ニホン」が統一されない中、に文部省臨時国語調査会が「にっぽん」に統一して外国語表記もJapanを廃してNipponを使用する、とする案を示したが、不完全に終わった。6月30日には、政府が「『にっぽん』『にほん』という読み方については、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はない」とする答弁書を閣議決定した。現在、通商や交流の点で海外と関連のある紙幣切手などに「NIPPON」と描かれ(紙幣発券者も「にっぽんぎんこう」である)、また「ニッポン放送」「アール・エフ・ラジオ日本(にっぽん)」が存在する一方、「NIHON」表記を用いる団体の例としては、日本ビデオ倫理協会や日本大学、日本航空、JR東日本JR西日本日本ユニシス、日本相撲協会、日本オリンピック委員会などがある。なお、(国会に複数の議席を有したことのある)日本の政党名における読みは、以下の通り。
● 「ニッポン」
 
  • 日本社会党(1945-1996)、日本自由党 (1953-1954)、新党日本(2005-)、たちあがれ日本(2010-)

  • ● 「ニホン」
     
  • 日本共産党(1922-)、日本労農党(1926-28)、日本自由党 (1945-1948)、日本進歩党(1945-47)、日本協同党(1945-46)、日本農民党(1947-49)、日本民主党(1954-55)、日本新党(1992-94)
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    別称

    古くから多様である。

    ● 和語
     
  • 葦原中国」(『古事記』、『日本書紀』神代)

  •  
  • 「豊葦原(とよあしはら)」

  •  
  • 「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(『古事記』)

  •  
  • 「豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)」(『日本書紀』神代)

  •   - 「葦原」は、豊穣な地を表すとも、かつての一地名とも言われる。
     
  • 「秋津島」

  •  
  • 「大倭豊秋津島」(『古事記』)

  •  
  • 「大日本豊秋津洲」(『日本書紀』神代)

  •   - 「秋津」は、「とんぼの島」の意。孝安天皇の都の名「室秋津島宮」に由来するとされる。
     
  • 「師木島」(『古事記』)

  •  
  • 「磯城島」「志貴島」(『万葉集』)

  •  
  • 「敷島」

  •   - 「しきしま」は、欽明天皇の都「磯城島金刺宮」に由来するとされる。
     
  • 「大八洲」(『養老令』)

  •  
  • 「大八洲国」(『日本書紀』神代)

  •   - 多くの島からなる島国の美称と解される。
     
  • 「磯輪上秀真国」「細矛千足国」「玉垣内国」(『神皇正統記』)

  •  
  • 「大和」「大和国」

  •  
  • 「瑞穂」

  •  
  • 「浦安国」

  •  
  • 「日出処」


  • ● 漢語
      「倭」「倭国」「大倭国(大和国)」「倭奴国」「倭人国」の他、扶桑蓬莱伝説に準えた「扶桑」、「蓬莱」などの雅称があるが、雅称としては特に瀛州(えいしゅう)•東瀛(とうえい)と記される。このほかにも、「東海姫氏国」「東海女国」「女子国」「君子国」「若木国」「日域」「日東」「日下」「烏卯国」「阿母郷」(阿母山・波母郷・波母山)などがあった。
      「皇朝」は、もともと中原の天子の王朝をさす漢語だが、日本で天皇の王朝をさす漢文的表現として使われ、国学者はこれを「すめみかど」ないし「すめらみかど」などと訓読した。「神国」「皇国」「神州」「天朝」「天子国」などは雅語(美称)たる「皇朝」の言い替えであって、国名や国号の類でない。「本朝」も「我が国」といった意味であって国名でない。江戸時代儒学者などは、日本を指して「中華」「中原」「中朝」「中域」「中国」などと書くことがあったが、これも国名でない。「大日本」と大を付けるのは、国名の前に大・皇・有・聖などの字を付けて天子の王朝であることを示す中国の習慣から来ている。ただし、「おおやまと」と読む場合、古称の一つである。「帝国」はもともと「神国、皇国、神州」と同義だったが、近代以後、"empire"の訳語として使われている。日本帝国憲法の後、「大日本帝国」の他、「日本」「日本国」「日本帝国」「大日本国」などといった表記が用いられた。戦後の国号としては「日本国」が専ら用いられる。

    ● 倭漢通用
      江戸初期の神道家である出口延佳と山本広足が著した『日本書紀神代講述鈔』に、倭漢通用の国称が掲載されている。
     
  • 「倭国」

  •  
  • 「和面国」

  •  
  • 「和人国」

  •  
  • 「野馬台国」、「耶摩堆」

  •  
  • 氏国」、「女王国」

  •  
  • 「扶桑国」

  •  
  • 「君子国」

  •  
  • 日本国」


  • ● その他の言語
      英語の公式な表記は、(ジャパン)。略記は、が用いられる。(ジャップ)は、侮蔑的な意味があるので注意が必要である。(ニッポン)が用いられる例も見られ、具体的には、UPU等によるローマ字表記(1965年以降)、郵便切手日本銀行券などで表記を用いている。略称は、NPNが用いられる。
      その他、各国語で日本を意味する固有名詞は、チャパーン()、ヤーパン()、ジャポン()、ハポン()、ジャッポーネ()、ヤポニヤ()、イィポーニヤ()、イープン()など、特定の時期に特定の地域の中国語で「日本国」を発音した「ジーパングォ」を写し取った(日本語読みの「ジッポン」に由来するとの説もある)、ジパング(Xipangu)(Zipang)(Zipangu)ないしジャパング(Japangu)を語源とすると考えられる。
      漢字文化圏においては、リーベン()、イルボン()、ニャッバーン()など、「日本」をそのまま自国語の発音で読んでいる。

    ● 固有名詞の一般名詞化
     英語で陶器をチャイナというように、漆器をジャパンという。
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    出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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