日本

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'''日本国'''(にっぽんこく、にほんこく)、または'''日本'''(にっぽん、にほん)は、日本列島及び周辺の島々を領土とする国家である。
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国号

「日本」という国号の表記は、太陽崇拝と相俟った自国中心的発想に基づくもの、また日本列島中国大陸から見て東の果て、つまり「日の本(ひのもと)」に位置することに由来しているのではないかとされる。憲法の表題に「日本国憲法」や「大日本帝国憲法」と示されているが、国号を「日本国」ないしは「日本」と直接かつ明確に規定した法令は、存在しない。他に、法律などで正式な国名を規定していない国としては、スペインなどが挙げられる。次のエントリ[ 由来 ]
日本
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由来

「日本」の表記が定着する以前、日本列島には、中国の王朝から「倭国」(雅称として瀛州(えいしゅう)•東瀛(とうえい))と称される国家があった。倭・倭人関連の朝鮮文献新羅本紀に「670年、倭国が国号を日本と改めた。」と書いてある。倭国と日本国との関係について、日本書紀は、「ヤマト」の勢力が中心に倭を統一した古代の日本では、漢字の流入と共に「倭」を借字として「ヤマト」と読むようになり、やがて、その「ヤマト」に当てる漢字を「倭」から「日本」に変更し、当初はこれを「ヤマト」と読んだとする。旧唐書は、倭国と日本国を併記した上で、日本国は倭国の別種とし、倭国が日本国に改名した可能性と元小国の日本が倭国を併合した可能性について記している。

「日本」という国号の表記が定着した時期は、7世紀後半から8世紀初頭までの間と考えられる。この頃の東アジアは、618年に成立したが勢力を拡大し、周辺諸国に強い影響を及ぼしていた。斉明天皇658年臣の安倍氏に外国である粛慎(樺太)征伐を命じている。唐と倭国とのかかわりにおいて663年白村江の戦いでの倭国軍の敗戦により、唐は劉徳高郭務悰司馬法聡らの使者を倭国に遣わし、唐と倭国の戦後処理を行っていく過程で、倭国側に唐との対等関係を目指した律令国家に変化していく必要性が生じたことを契機として、668年には天智天皇が日本で最初の律令である近江朝廷之令(近江令)を制定、そして672年壬申の乱を経て強い権力を握った天武天皇は、天皇を中心とする体制の構築を更に進め、689年飛鳥浄御原令から701年大宝元年)の大宝律令の制定へと至る過程において国号の表記としての「日本」は誕生したと考えられる。678年に西安に埋葬された百済軍人の墓碑に白村江の戦い以後の日本について「日本餘噍拠扶桑以逋誅」と記述されていることが確認されていている。

具体的な成立の時点は、史料によって特定されていない。

8世紀前半の唐で成立した『唐暦』には、702年(大宝2年)に「日本国」からの遣使(遣唐使)があったと記されている。後代に成立した『旧唐書』、『新唐書』にも、この時の遣唐使によって「日本」という新国号が唐(武則天、大周)へ伝えられたとの記述がある。両書とも「日の出の地に近いことが国号の由来である」とする。国号の変更理由については「雅でない倭国の名を嫌ったからだ」という日本国側からの説明を記載するものの、倭国と日本国との関係については、単なる国号の変更ではない可能性について言及している。すなわち、『旧唐書』は「小国だった日本が倭国を併合した」とし、『新唐書』は「倭が日本を併合し、国号を奪った」としている。いずれにせよ、これらの記述により、702年に「日本」国号が唐によって承認されたことが確認できる。これまでに発見されている「日本」国号が記された最古の実物史料は、開元22年(734年、日本:天平6年)銘の井真成墓誌である。2011年7月、祢軍という名の百済人武将の墓誌に「日本」の文字が見つかったという論文が中国で発表された。墓誌は678年制作と考えられており、事実なら日本という国号の成立は従来説から、さらに遡ることになる。

『旧唐書』・『新唐書』が記すように、「日本」国号は、日本列島を東方に見る国、つまり中国大陸からの視点に立った呼称である。平安時代初期に成立した『弘仁私記』序にて、日本国が中国に対して「日の本」、つまり東方に所在することが日本の由来であると説明され、平安時代に数度に渡って行なわれた日本書紀の講読の様子を記す『日本書紀私記』諸本においても中国の視点により名付けられたとする説が採られている。

隋書』東夷伝に、倭王が皇帝への国書に「日出ずる処の天子」と自称したとあり、このときの「日出ずる処」という語句が「日本」国号の淵源となったとする主張もある。しかし、「日出ずる処」について、仏典『大智度論』に東方の別表現である旨の記述があるため、現在、単に文飾に過ぎないとする指摘もある。
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日本
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日本語での発音

「'''にっぽん'''」、「'''にほん'''」と読まれる。日本政府は、正式な読み方を明確に定めていないが、どちらの読みでも良いとしている第171回国会 質問第570号 日本国号に関する質問主意書 衆議院公式サイト雅語で「ひのもと」と読むこともある。

「日本」の国号が成立する以前、日本列島には、中国の王朝から「倭国」・「倭」と称される国家ないし民族があった。日本書紀は、「ヤマト」の勢力が中心に倭を統一した古代の日本では、漢字の流入と共に「倭」を借字として「ヤマト」と読むようになり、やがて、その「ヤマト」に当てる漢字を「倭」から「日本」に変更し、これを「ヤマト」と読んだとするが、旧唐書など、これを疑う立場もある。

同時に、7世紀の後半の国際関係から生じた「日本」国号は、当時の国際的な読み(音読)で「ニッポン」(呉音)ないし「ジッポン」(漢音)と読まれたものと推測される。いつ「ニホン」の読みが始まったか定かでない。平安時代の仮名表記では、促音・濁音の区別が無かったため、「ニッポン」音も「にほん」と表記された。ここから「ニホン」の読みが起こったと考えられる。しかし、日本語のハ行音は、P音 → F音 → H音と変化したと考えられ、江戸時代以降にH音が定着したので、仮名で「にほん」と表記されたものを平安時代に「ニッポン」ないし「ニポン」と読み、やがて「ニフォン」に変化し、江戸時代の後期に「ニホン」と読むようになったと考えられる。また、平安時代に「ひのもと」とも和訓されるようになった。

室町時代の謡曲・狂言は、中国人に「ニッポン」と読ませ、日本人に「ニホン」と読ませている。安土桃山時代にポルトガル人が編纂した『日葡辞書』や『日本語小文典』等には、「ニッポン」「ニホン」「ジッポン」の読みが見られ、その用例から判断すると、改まった場面・強調したい場合に「ニッポン」が使われ、日常の場面で「ニホン」が使われていた。このことから小池清治は、中世の日本人が中国語的な語感のある「ジッポン」を使用したのは、中国人・西洋人など対外的な場面に限定されていて、日常だと「ニッポン」「ニホン」が用いられていたのでは、と推測している。なお、現在に伝わっていない「ジッポン」音については、その他の言語も参照。

その後、明治に入っても「ニッポン」「ニホン」が統一されない中、に文部省臨時国語調査会が「にっぽん」に統一して外国語表記もJapanを廃してNipponを使用する、とする案を示したが、不完全に終わった。6月30日には、政府が「『にっぽん』『にほん』という読み方については、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はない」とする答弁書を閣議決定した。現在、通商や交流の点で海外と関連のある紙幣切手などに「NIPPON」と描かれ(紙幣発券者も「にっぽんぎんこう」である)、また「ニッポン放送」「アール・エフ・ラジオ日本(にっぽん)」が存在する一方、「NIHON」表記を用いる団体の例としては、日本大学日本航空JR東日本JR西日本日本ユニシス日本相撲協会日本オリンピック委員会などがある。なお、(国会に複数の議席を有したことのある)日本の政党名における読みは、以下の通り。
● 「ニッポン」
 
  • 日本社会党(1945-1996)、日本自由党 (1953-1954)新党日本(2005-)、たちあがれ日本(2010-)

  • ● 「ニホン」
     
  • 日本共産党(1922-)、日本労農党(1926-28)、日本自由党 (1945-1948)日本進歩党(1945-47)、日本協同党(1945-46)、日本農民党(1947-49)、日本民主党(1954-55)、日本新党(1992-94)
  • 次のエントリ[ 別称 ]

    別称

    古くから多様である。

    ● 和語
     
  • 葦原中国」(『古事記』、『日本書紀』神代)

  •  
  • 「豊葦原(とよあしはら)」

  •  
  • 「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(『古事記』)

  •  
  • 「豊葦原千五百秋瑞穂国(とよあしはらのちいほあきのみずほのくに)」(『日本書紀』神代)

  •   - 「葦原」は、豊穣な地を表すとも、かつての一地名とも言われる。
     
  • 「秋津島」

  •  
  • 「大倭豊秋津島」(『古事記』)

  •  
  • 「大日本豊秋津洲」(『日本書紀』神代)

  •   - 「秋津」は、「とんぼの島」の意。孝安天皇の都の名「室秋津島宮」に由来するとされる。
     
  • 「師木島」(『古事記』)

  •  
  • 「磯城島」「志貴島」(『万葉集』)

  •  
  • 「敷島」

  •   - 「しきしま」は、欽明天皇の都「磯城島金刺宮」に由来するとされる。
     
  • 「大八洲」(『養老令』)

  •  
  • 「大八洲国」(『日本書紀』神代)

  •   - 多くの島からなる島国の美称と解される。
     
  • 「磯輪上秀真国」「細矛千足国」「玉垣内国」(『神皇正統記』)

  •  
  • 「大和」「大和国」

  •  
  • 「瑞穂」

  •  
  • 「浦安国」

  •  
  • 「日出処」


  • ● 漢語
      「倭」「倭国」「大倭国(大和国)」「倭奴国」「倭人国」の他、扶桑蓬莱伝説に準えた「扶桑」、「蓬莱」などの雅称があるが、雅称としては特に瀛州(えいしゅう)•東瀛(とうえい)と記される。このほかにも、「東海姫氏国」「東海女国」「女子国」「君子国」「若木国」「日域」「日東」「日下」「烏卯国」「阿母郷」(阿母山・波母郷・波母山)などがあった。
      「皇朝」は、もともと中原の天子の王朝をさす漢語だが、日本で天皇の王朝をさす漢文的表現として使われ、国学者はこれを「すめみかど」ないし「すめらみかど」などと訓読した。「神国」「皇国」「神州」「天朝」「天子国」などは雅語(美称)たる「皇朝」の言い替えであって、国名や国号の類でない。「本朝」も「我が国」といった意味であって国名でない。江戸時代儒学者などは、日本を指して「中華」「中原」「中朝」「中域」「中国」などと書くことがあったが、これも国名でない。「大日本」と大を付けるのは、国名の前に大・皇・有・聖などの字を付けて天子の王朝であることを示す中国の習慣から来ている。ただし、「おおやまと」と読む場合、古称の一つである。「帝国」はもともと「神国、皇国、神州」と同義だったが、近代以後、"empire"の訳語として使われている。大日本帝国憲法の後、「大日本帝国」の他、「日本」「日本国」「日本帝国」「大日本国」などといった表記が用いられた。戦後の国号としては「日本国」が専ら用いられる。

    ● 倭漢通用
      江戸初期の神道家である出口延佳と山本広足が著した『日本書紀神代講述鈔』に、倭漢通用の国称が掲載されている。
     
  • 「倭国」

  •  
  • 「和面国」

  •  
  • 「和人国」

  •  
  • 「野馬台国」、「耶摩堆」

  •  
  • 氏国」、「女王国」

  •  
  • 「扶桑国」

  •  
  • 「君子国」

  •  
  • 「日本国」


  • ● その他の言語
      英語の公式な表記は、(ジャパン)。略記は、が用いられる。(ジャップ)は、侮蔑的な意味があるので注意が必要である。(ニッポン)が用いられる例も見られ、具体的には、UPU等によるローマ字表記(以降)、郵便切手日本銀行券などで表記を用いている。略称は、NPNが用いられる。
      その他、各国語で日本を意味する固有名詞は、チャパーン()、ヤーパン()、ジャポン()、ハポン()、ジャッポーネ()、ヤポニヤ()、イィポーニヤ()、イープン()など、特定の時期に特定の地域の中国語で「日本国」を発音した「ジーパングォ」を写し取った(日本語読みの「ジッポン」に由来するとの説もある)、ジパング(Xipangu)(Zipang)(Zipangu)ないしジャパング(Japangu)を語源とすると考えられる。
      漢字文化圏においては、リーベン()、イルボン()、ニャッバーン()など、「日本」をそのまま自国語の発音で読んでいる。

    ● 固有名詞の一般名詞化
     英語で陶器をチャイナというように、漆器をジャパンという。

    ● 欧州発行の古地図上での表記
     
  • 「IAPAN」1567年頃

  •  
  • 「JAPAN」発行年不明

  •  
  • 「IAPONIAE」1595年

  •  
  • 「IAPONIA」1595年

  •  
  • 「IAPONIÆ」1595年

  •  
  • 「IAPONIA」1598年

  •  
  • 「Iapan」1632年

  •  
  • 「IAPONIA」1655年

  •  
  • 「IAPON」発行年不明

  •  
  • 「Iapan」1657年

  •  
  • 「IAPONIA」1660年頃

  •  
  • 「NIPHON」1694年頃

  •  
  • 「IAPON」17世紀

  •  
  • 「IMPERIUM IAPONICUM」18世紀初

  •  
  • 「IMPERIUM IAPONICUM」1710年頃

  •  
  • 「IAPONIA」18世紀初

  •  
  • 「IAPON」1720-30年

  •  
  • 「IMPERIVM JAPONICVM」1727年

  •  
  • 「HET KONINKRYK JAPAN」1730年頃

  •  
  • 「JAPANIÆ REGNVM」1739年
  • 次のエントリ[ 歴史 ]

    出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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