早川紀代秀
'''早川 紀代秀'''(はやかわ きよひで、1949年7月14日 - )は、兵庫県出身の元オウム真理教幹部。ホーリーネームは'''ティローパ'''。教団内でのステージは正悟師で、省庁制が採用された後は建設省大臣だった。【動画】麻原彰晃の真の側近とは?オウム裏部隊 早川紀代秀の正体

麻原彰晃の真の側近とは?オウム裏部隊 早川紀代秀の正体公式ブログ: blogs.yahoo.co.jp
人物
神戸大学農学部でバイオを学び、大阪府立大学大学院では緑地計画工学を専攻。修士論文は「ユートピア都市論」であった。修了後、大手建設会社に勤務。公金横領が発覚しクビになる。1986年に阿含宗を退会し、オウム神仙の会に入会。青年層が多いオウム幹部の中にあって数少ない中年であり、教祖の麻原よりも年上である(麻原よりも年上の幹部としては他に林郁夫がいる)。信者からは「オヤジ」と呼ばれていたこと、教団の陰の実力者と呼ばれていたことがワイドショーで語られた。
1989年の坂本堤弁護士一家殺害事件はTBSのスタッフが坂本堤弁護士のオウム批判のインタビュー映像を放送直前に早川に見せたことがきっかけとなった(TBSビデオ問題)。オウムの政界進出を主張し、第39回衆議院議員総選挙の教団幹部の立候補を推進した(早川自身は立候補せず、裏方の選挙支援をしている)。
熊本県波野村の国土利用計画法違反事件で逮捕、保釈されている。保釈中も教団幹部として3年余に21回ロシアを訪れた。この訪問中、1994年6月に大型ヘリコプター「ミル17」をロシアから購入している。
1995年4月に、拳銃を別の車に移し変えようとしたところを不法侵入罪で逮捕。教団が初期に起こした殺人事件など計7事件で起訴され、一審で死刑判決。控訴、上告はともに棄却され、2009年7月17日、死刑が確定した。オウム真理教事件で死刑が確定するのは6人目。
ヘリコプターによるサリン散布計画(11月戦争計画)の根拠として、早川ノート、早川メモ(www.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/aum2.htmwww.hh.iij4u.or.jp/~iwakami/aum3.htm)というものが一時期話題になったが、本人によれば実は岐部ノート(londonbridge.blog.shinobi.jp/Date/20070328/)であるとされる。次のエントリ
関連事件
著作
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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オウム・早川紀代秀被告、死刑確定へ