水嶋ヒロ
'''水嶋 ヒロ'''(みずしま ヒロ、1984年4月13日 - )は、日本の俳優、小説家、雑誌GLOBAL WORK編集長。学校は現地のインターナショナルスクールに通っていた。中学入学にあわせ帰国、桐蔭学園中学校・高等学校を受験し入学。中・高ではサッカー部に所属し、高校3年生のときに出場した第81回全国高等学校サッカー選手権大会ではレギュラーのMFとして活躍。準決勝まで進んで国見高校と対戦したが平山相太などにゴールを決められて敗退している。高校卒業後は慶應義塾大学環境情報学部に入学し、2008年3月に卒業。大学在学中の2004年、自分の将来やりたいことや目標を見つけるために一人で海外へ留学してみようと思い、その資金集めの為、何かいいアルバイトがないか探していたところ、仲が良かった芸能関係の仕事をしていた大学の先輩からモデルの仕事を紹介され、ファッションモデルとしての仕事を始めた。それからしばらくの間モデルの仕事をしていたが、ある日芸能事務所の人から声をかけられ、所属していたモデル事務所ギグマネジメントジャパンから研音へと移籍した『smartFACE』・水嶋ヒロ。テレビ初出演は、『くりぃむナントカ』の「合コン日本シリーズ」(2004年11月23日、30日放送)で、2005年にドラマ『ごくせん』で速水もこみちのバーターで背景・モブ生徒役で出演し、俳優として本格的にデビューした。その後、数々のドラマに端役・脇役などで出ていたが、2006年に放送された『仮面ライダーカブト』では主人公の仮面ライダーカブト/天道 総司役を演じ人気と注目を集め、さらに翌年放送の『花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜』出演により特撮ファン以外の層にも認知されることとなった。その後はコンスタントにドラマ・映画などで活躍。
研音からの退社・独立
2010年9月20日をもって、所属事務所「研音」を退社。事務所側は執筆活動に専念するためと発表した。これにより作家に転身・芸能界引退と報じられたが、水嶋本人は2010年9月23日放送の「めざましテレビ」の取材に応じ芸能界引退説を否定した(ただし映像や文書等はなく、友人で同局アナウンサーの中村光宏を通じた伝聞である)。また同じ日に放送された「情報プレゼンター とくダネ!」では、司会の小倉智昭が親交のある水嶋の妻・絢香から前日に受け取ったメールの要約を報じた。その主旨はめざましテレビでの水嶋のコメントと一致している。また今後は他の事務所には所属せず、絢香の楽曲を管理してる会社に水嶋のマネジメントをまかせる形で芸能界で頑張っていくとしている。次のエントリ
第5回ポプラ社小説大賞受賞
同年10月31日、本名である齋藤智裕(応募当時のペンネームとして「齋藤智」として投稿)名義で執筆した処女小説『KAGEROU』により、第5回ポプラ社小説大賞を受賞したと発表・報道された。同賞はエンターテインメント小説を対象とする文学賞で、第2回から第4回まで大賞受賞者がいないため二人目の大賞受賞者となった。水嶋は6月に芸名も肩書も伏せたまま原稿を投稿し、大賞決定後に編集者が「齋藤智裕」に会いに行った際に初めて作者が水嶋だったと分かったという。刊行予定については「全く未定。急げば年内に間に合わないこともないが、担当編集者がじっくり手を入れることも考えると、いつ刊行されるか見通しが立たない」。約4分間の挨拶では、作品の内容よりも所属事務所を退社した騒動への説明が大半を占めた。
なお、特別賞を受賞した浜口倫太郎が「イケメンの上に、性格もいい」と自身のブログで語っている。
また、第8回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉でデビューした作家の七尾与史は『KAGEROU』を読んで、「僕はあんまり水嶋ヒロという青年を知らなかったんですが、この小説を通して一気に好きになってしまいました」と語っている。次のエントリ
人物
エピソード・交友関係
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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