渡る世間は鬼ばかり
『'''橋田壽賀子ドラマ 渡る世間は鬼ばかり'''』(はしだすがこドラマ わたるせけんはおにばかり)は、TBSが1990年から2011年まで、原則的に1年おきに制作・放送し、同局系列で、全シリーズ一貫して、毎週木曜日の21:00 - 21:54(JST)で放送したテレビドラマである。全10シリーズで、その通算回数は500回。【動画】渡る世間は鬼ばかり ~2008年版~

渡る世間は鬼ばかり(2008年版)のオープニング曲です。
概要
そもそもは、1990年にTBSが開局40周年を記念して企画された1年間シリーズとして放送されたが、好評となったため断続的にシリーズ化されていった。主人公の岡倉大吉と5人の娘の家族の暮らしを描く。'''王道的かつ典型的なホームドラマ'''である。次のエントリタイトルについて
通称「'''渡鬼'''(わたおに)」。元々はことわざ「渡る世間'''に鬼は無い'''」をもじった、とかく人間関係では苦労させられるというぼやきの意味合いを込めたタイトルだが、今やこの「渡る世間'''は鬼ばかり'''」の方が日本人の間で知名度が高いとすら言われている 。略称としては「渡鬼」だけでなく「渡る世間」と呼称する者もいる。次のエントリ
シリーズの終焉
2010年10月14日より最終シリーズの放送がスタートし、本シリーズを以って完結した。2009年春よりこれまで放送されていた木曜21時枠がバラエティ枠となり、ドラマ枠は水曜21時に移動した関係上、放送枠については未定であったが、その後TBSより、木曜21時枠での放送が発表された。2010年8月26日、TBSは「丸20年という節目で、出演者の皆さんが元気なうちに美しく切り上げたいという思いもあり、ここで区切りをつけようと判断した」として10月14日に始まる最終シリーズで終了することを正式に発表した。次のエントリ特徴
●4クールの長期放送この番組は1シリーズごとに1年間(4クール)のシリーズを組む大河シリーズとして放送され続けてきた。1963年から続くNHKの大河ドラマや、1970年代のホームドラマ『ありがとう』(プロデューサーは石井ふく子)やテレビ朝日のスーパー戦隊シリーズでは普通のことであるが、近年では珍しい(ゴールデン・プライムタイム枠のドラマは1980年代中盤まで概ね半年=2クールが相場だったが、それ以後はほとんどが3ヶ月=1クールが主であるが、同じ木曜9時枠で断続的に放送され続ける『3年B組金八先生』、およびそのスピンオフシリーズ各作品も1シリーズ半年-1年をかけて描いている)。1980年代に橋田が3本の大河ドラマ(『おんな太閤記』、『いのち』、『春日局』)に脚本を書き高い視聴率を取った結果、確固としたテーマ設定があれば長期放送でも十分視聴率を確保できる見通しがあった。
●キャスティングと橋田ファミリー
第1シリーズのキャスティングは前年のNHK大河ドラマ『春日局』に「橋田ファミリー」が多く出演していたため、その出演者を引き継いでいる。唐沢寿明、香川照之はこの関係で出演し、第2シリーズ以降は降板している。レギュラー陣の山岡久乃、藤岡琢也、長山藍子、前田吟、泉ピン子、中田喜子、赤木春恵らは、1990年までの時点において橋田作品への出演実績の多い俳優であった。
ナレーションは石坂浩二が担当している。
また、ジャニーズ事務所、石原プロモーション、オスカープロモーションとの関連も大きく、多数の役者が出演している。
●サブタイトルなし
理由は不明であるが、1980年代以降の連続ドラマでは珍しい。石井ふく子製作のドラマは、原則サブタイトルがない。『ありがとう』・『肝っ玉かあさん』・『おんなは一生懸命』などでも同様であった。
●各家族に設定されたテーマ
山岡久乃が出演した初期のシリーズでは、5人の娘それぞれの家族にテーマが設定され、物語がほぼ均一に近い時間配分で展開されていた。また、娘の婚家と実家のそれぞれの親が対立するシーンがあった。しかし、山岡降板後の第4シリーズからは実家対婚家の構図が崩れたため、それに代わり親子問題、教育問題が扱われることが多くなった。幸楽でも聖子が加わって、単純な嫁いびりだけの話となった。以後「岡倉大吉とおかくら」「小島家とその周辺の人々」がほぼ物語のメインとなっており、他の家族はほぼサブ的要素となっている。
●長ぜりふ
1回の台詞が長いことで有名である。台本の見開き1ページが丸々1回の台詞ということも多い。その長い台詞が終わるまで周囲の人物は相槌をほとんど打たないなど、不自然さを指摘する声もある。
一人あたりの台詞が長く、相槌が極端に少ない理由は、このドラマの主な視聴者が主婦層であり、放映時間が夕食の後片付けの時間帯と重なるという理由で、テレビ画面から目を離しても、音声だけでドラマの展開が分かるようにとの配慮(ラジオドラマ化)であると出演者の岸田敏志がラジオ番組で打ち明けている。本来は台詞と台詞の間や、登場人物の表情の動き等はト書き(前述で表現されるべき部分の指示)で説明されることが多く、また台詞も演出や台本へのト書きの書き入れなど制作工程上の理由から、1本につき2行前後で収めるのが原則である。
●リアルタイムの年月の流れ
ドラマの中の時間は放送日の数日前から当日までで、その時期に応じた季節の話題、行事を取り上げることが多い。しかし、脚本自体は数か月前には書き終えられているので、最新の話題が取り上げられるわけではない。
●登場人物の多さ
シリーズを重ねるたびに登場人物が増え、人間関係を把握し切れない人は多い。新しい出演者はゲスト出演ではなく、新レギュラーとして加わることが多く、それがレギュラー陣肥大化の原因となっている(を参照。特に「小島家とその周辺の人々」が多い)。
●多い自営業、少ない会社員
ホームドラマで会社員を描いても面白くないために、大きな会社の事務室のシーンは少ない。そのため、第1シリーズでは、サラリーマンであった、岡倉大吉・野田良・高橋亨の3人は次々に脱サラし、レギュラー陣の職業もほとんどが小規模の自営業(商店)となっている。“会社員はつまらない” “定年後はすることがない” “手に職があれば食いっ逸れがない”ということが役者の台詞として繰り返し主張される。
●臨終シーンの少なさ
長期間に渡って放送されているため、岡倉節子や遠山昌之、高橋年子など故人となった登場人物も少なくないが、小島幸吉のように病に倒れるシーンはあるものの、多くは新シリーズ第一回で亡くなった事が台詞などで説明され、以後は遺影や回想などでの登場すらほとんどなくなる。また、秋葉時枝のように亡くなった事が本編で語られないまま、死亡したという設定にされているケースもある(この場合は、公式サイトの家系図に「死亡」と記されたのみとなっている)。
●俳優・女優のスケジュール調整
ベテラン俳優・女優の出演が多いため、スケジュール調整が困難を極めることが多い。ストーリー上、不自然な設定がされ特定の俳優・女優が数か月出演しないことがしばしばあり、場合によっては降板により登場人物が死亡と設定されることもある。また、野々下隆に至っては演じている役者がシリーズ毎に変わっているという事態にもなっている。
●出演者クレジットタイトル
実家(岡倉家)の大家族と娘たちそれぞれの嫁ぎ先での出来事が描かれる為、群像劇の体裁が取られている。初期シリーズ(第1〜3シリーズ)では物語の主軸が回によって変わる為、出演者クレジットタイトルのトップが回によって入れ替わっていた(以下に例を示す)。第3シリーズを最後に山岡久乃が降板、次の第4シリーズ以降は泉ピン子がクレジットタイトルトップ固定となり、藤岡琢也がクレジットトメ固定(藤岡が登場しない回が2回あったが、そのときは渡辺美佐子がトメ)となった。藤岡の降板を受けて第8シリーズから大吉役の代役となった宇津井健も藤岡同様トメで固定(宇津井が登場しない回はその回で最も重鎮と思われる出演者がトメ)になっている。当初の設定上ではあくまでも岡倉家の大吉・節子夫妻が番組の顔として主人公格ではあったが、ストーリーライン上では次女・五月とその家族が最も丁寧に描かれており、山岡降板以降は名実共に泉が番組の顔となった。
以下に、例を示す。
**大吉→節子→弥生→(野田家)→五月→(小島家)→文子→(高橋家)→葉子→長子→(中略)→(珠子)
**五月→弥生→(中略)→大吉→節子
**節子→大吉→(中略)→キミ→五月
**五月→大吉→(中略)→キミ→節子
**五月→節子(冒頭にのみ出演)→(中略)→珠子→大吉
**五月→弥生(勇)→(中略)→(タキ)→大吉
**文子→亨→(中略)→大吉→節子→五月
**弥生→良→(中略)→大吉→節子次のエントリ
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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1856 中国は見る(896) 「渡る世間は鬼ばかり」 10月14日から最終シリーズ放送 今シリーズでついに完結