甲子園球場

阪神甲子園球場

'''阪神甲子園球場'''(はんしんこうしえんきゅうじょう)は、兵庫県西宮市甲子園町にある、阪神電気鉄道が所有する野球場。通称「'''甲子園球場'''」または「'''甲子園'''」。
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甲子園球場
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概要

全国中等学校優勝野球大会の開催を主目的として、兵庫県西宮市に建設された日本で最初に誕生した大規模多目的野球場であり、収容人数は日本の野球場の中で最大である。プロ野球セ・リーグ阪神タイガースの本拠地球場(専用球場)として知られているほか、全国高等学校野球選手権大会および選抜高等学校野球大会という2大高校野球全国大会が戦前から優先的に開催されており、大学野球における明治神宮野球場と並び、日本国内では「野球の聖地」と称される。この球場の名称である「'''甲子園'''」が高校野球全国大会の代名詞となっており、そのことに端を発して今や野球に留まらず高校生の各種全国大会の代名詞として「○○甲子園」などと使われることがある。
近年は大学野球の試合にも使用され、毎年春・秋に開かれる関西六大学野球連盟と、関西学生野球連盟リーグ戦の一部試合が当球場にて実施されている。
野球以外では、アメリカンフットボールの全日本大学選手権の決勝戦である甲子園ボウルが開催されている。

2007年秋より、老朽化対策、耐震補強、快適性の向上、環境への配慮を目的に3年計画でオフシーズンのみの改修工事を進め、2009年春に球場本体の改修工事が完了、2010年春には外構整備工事を完了させ、大幅にリニューアルした。また、2008年からは野球場としては日本では珍しいオフィシャルスポンサー制度を採用しており、2011年3月現在はアサヒビール東芝ミズノみずほ銀行(以上4社は当初より)・三菱電機(2009年より)・本田技研工業(2010年より)の6社がスポンサーとなっており、いずれの企業も施設命名権ないし球場設備に関わっている。

紙テープ、紙吹雪、ウェーブによる応援は常時禁止されている。また周囲が住宅地であるため、環境に配慮して午後10時以降はトランペット太鼓を使った鳴り物応援は禁止となる。ただし、阪神勝利時の六甲おろしは午後10時以降でも合唱される。

この球場の広さから、関西では敷地などの面積を示す際に慣用単位として大阪ドームよりも「'''甲子園球場○個分'''」という表現が使用されるのが定番となっている。
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甲子園球場
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建設の経緯

大正年間に始まった全国中等学校優勝野球大会は、豊中球場に始まり第3回大会から兵庫県武庫郡鳴尾村1951年に西宮市と合併)にある鳴尾球場で開催されていたが、人気の高まりにつれ同球場の仮設スタンドでは大勢の観客を収容しきれなくなっていた。後に試合中に観客がグラウンドになだれ込んで試合が中断するという事態にまで発展し、特に1923年第9回大会では鳴尾球場に近い地元甲陽中が決勝戦で和歌山中との近畿対決を制したことから、中等学校野球人気がピークに達した。

この事態を重く見た主催の大阪朝日新聞は、本格的な野球場建設を提案。また鳴尾球場の所有者である阪神電鉄も、鳴尾球場と同じ鳴尾村に流れていた申川(さるかわ・武庫川の支流)を廃川とした後にできた埋め立て地の開発の一環で新球場の計画を進めていたため、利害関係が一致した。当時国内にあった野球場では参考になるものがなく、ニューヨークにあったニューヨーク・ジャイアンツの本拠地、ポロ・グラウンズをモデルに設計されたと言われている。完成するまでは枝川運動場と名づけられていたが、この年が十干十二支の最初の組み合わせに当たる甲子年(きのえねのとし)という60年に1度の縁起の良い年であることから、後に'''甲子園大運動場'''(こうしえんだいうんどうじょう、看板表記は阪神電車甲子園大運動場)と命名された。起工式は1924年3月11日に行われ、同年8月11日に竣工式が行われた。

当初は陸上競技場球技場としても利用されることを念頭に設計されたため、グラウンドは三角形で、ポール際のコーナーが丸みを帯びるという形状で、中堅119ないし120m・両翼110mに対し左右中間が128mもあるという、現在の目から見ても過大といえるサイズとなった。さらに1934年にはホームベースがさらに9m程下げられたため、同年の日米野球に出場したベーブ・ルースをして"Too large."(デカすぎだ)と驚かせている。開設当時はまだ外野も土のままであった。また、スタンドは「5万人収容」と公称され、グラウンドの内野にあたる部分のみが鉄筋コンクリート製(50段、高さ14.3m)であり、現在のアルプススタンド、外野スタンドは土盛りの上に20段の木造スタンドがあった。内野席全体(現在のアルプススタンドを除く)には鉄傘が設置された。こけら落としは阪神間学童運動会で、同年夏から全国中等学校優勝野球大会の会場となった。また、大阪毎日新聞が主催していた日本フットボール優勝大会サッカーラグビーの全国大会、詳細は後述)や選抜中等学校野球大会も翌年から開催されている。
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周辺の開発と戦火

球場完成後も周辺の開発が阪神電鉄によって進められ、遊園地、動物園、水族館(この3つは甲子園娯楽場として)、総合競技場(南甲子園運動場)、テニスコート(甲子園庭球場、甲子園国際庭球場)、競技用プール(甲子園水上競技場)などが設けられ、阪神電鉄のものではないがそれより前から存在していた鳴尾競馬場とゴルフ場(現在の鳴尾GCコースの前身)を含め一帯は阪神間モダニズムを代表する一大レジャーゾーンとなった。球場本体も改良が進められて外野に芝が張られ、現在のアルプススタンド・外野スタンドにあたるスタンドが増築され、公称収容人数は7万人となった。なお総合競技場の完成に伴って、陸上競技場や球技場としての球場の役割は終了したため、スタンド増築の際にフェアグラウンドの形状が変更され、現在に近い形となってほぼ野球専用となった。ただし、それでも当時の日本の野球場としては広大であり、小柄で非力な日本人選手の体型とボールの品質の低さもあって、本塁打が極端に出にくいことで知られていた。また、1935年には所有者の阪神電鉄によって大阪野球倶楽部(球団名大阪タイガース・現阪神タイガース)が設立され、甲子園を本拠地とした。ただしフランチャイズ制度が導入される以前はホームゲ-ムを本拠地で行う習慣はなく、阪急西宮球場後楽園球場とともに各球団が使用していた。

しかし太平洋戦争が激化すると野球どころではなくなり、大日本学徒体育振興大会(幻の甲子園)を最後に中学野球が、1945年1月の正月大会(非公式大会)を最後にプロ野球が戦中の使用を終えた。球場や周りの施設は軍が接収し、スタンドは高射砲陣地、グラウンドは芋畑となってしまった。また鉄傘も金属類回収令のために供出を余儀なくされている。周りの施設も川西航空機の工場や鳴尾飛行場などに転用された。1945年8月には空襲を受けている。また機銃掃射による攻撃も幾度か受けており、弾痕が残った鉄扉が2007年に撤去されるまで長らく関係者入り口にあった(普段は開け放しになっていた。米軍接収時の試し撃ち跡ともいわれている。現在は甲子園歴史館に展示)。
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戦後

終戦後は鳴尾飛行場とともに米軍に接収され、1946年はプロ、中学の各種野球の公式戦の開催ができず代わりに阪急西宮球場で行われ、選抜大会は中止となった。翌年にはスタンドの一部とグラウンドの接収が解除されたため、春と夏の中学野球、プロ野球が再開され、甲子園ボウルも始められた。なお球場全ての接収解除は1954年まで待たなければならなかった。ホームランを増やすため、プロ野球再開のシーズン途中にラッキーゾーンが日本で初めて設けられた(当初はプロ使用時のみ)。周りの施設の土地は住宅などに転用されたため、阪神電鉄関連のレジャー施設はプール(現在はテニスコートとクラブハウスになっている)と場所を移した遊園地(甲子園阪神パーク)のみに縮小された。

1948年にはプロ野球においてフランチャイズ制が暫定導入され、大阪タイガースが甲子園を専用球場とし、自前の大規模球場を持たない南海ホークスとともに主催試合のほとんどを甲子園でするようになった。ただし南海ホークスの使用は暫定的なもので、1950年から名目上のフランチャイズであった大阪市内に新設された大阪球場に移転した。

1950年のセ・パ2リーグ制になってからは阪急西宮球場が阪急ブレーブスの本拠地となったため、パ・リーグの試合は専ら西宮で行われ、当球場は阪神タイガースを中心にセ・リーグの公式戦のみが行われる状態が続いた(逆に当球場が高校野球などで使用できない時でも、タイガースが西宮で公式戦を行うことは1991年までなかった)が、2011年に東北楽天ゴールデンイーグルスが2リーグ分裂から62シーズン目で初めて当球場でパ・リーグの主催試合を行った。(詳細は後述)
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出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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[2012/2/15 15:04更新]
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