石田純一
'''石田 純一'''(いしだ じゅんいち、1954年1月14日 - )は、日本の俳優、タレントである。本名、'''石田 太郎'''(いしだ たろう)。東京都目黒区出身。身長177cm。アメリカに長期滞在したことあり。目黒区立第四中学校、東京都立青山高等学校卒業。早稲田大学商学部中退。スカイコーポレーション所属。経歴
元NHKアナウンサーの石田武の長男。早稲田大学在学中に、演出家を目指して演劇を学ぶために渡米。学生結婚していたが、アメリカ滞在中に離婚し、帰国後の1978年、大学を中退して演劇集団 円の演劇研究所研究生となる。1979年に、テレビドラマ『あめりか物語』でデビュー。当初は'''石田 純'''の芸名を使用していた(のちに芸名を'''石田 純一'''と改名)。渥美国泰の主宰するアクト青山ドラマティック・スクールに入り、劇団所属俳優として長い下積みを経験。1984年の昼ドラ「夢追い旅行」で準主役に抜擢され名が知られる。1985年~1988年に放送されたフジテレビクイズ番組『TVプレイバック』に向井亜紀と共にレギュラー解答者に抜擢され、そのルックスと萩本欽一、ザ・ドリフターズのメンバーにも臆することのない軽快な話術が受け、知名度は一躍全国区レベルとなった。1987年にはテレビ朝日の音楽番組『オリジナルコンサート』の司会を務めている。1988年の『抱きしめたい!』(フジテレビ)など、トレンディドラマと呼ばれる作品に多数出演し、バブル期を代表するトレンディ俳優として活躍した。その一方で少なくない女性と浮名を流したことから、芸能界のプレイボーイの代表と見られている。また、1991年には隠し子騒動があり、かつて学生結婚した女性との間に息子の存在が発覚したことがある。その息子がいしだ壱成であり、孫が1人いる。
1996年10月、自らの不倫を非難するゴルフ場での芸能レポーターの取材に対して「文化や芸術といったものが不倫から生まれることもある」と発言、この発言がマスコミによって「'''不倫は文化'''」発言として報道された。石田の意思とはやや違った意味で広まってしまい、批難やバッシングを受けることもあったが、結果的に石田純一のイメージと知名度を決定づける言葉になった。
1997年4月から1998年3月まで、テレビ朝日にて『スーパーJチャンネル』の月曜日から木曜日までのメインキャスターとして活躍したが、不倫騒動の後に降板。キャスター降板日には生放送で落涙。以後は演技からも遠ざかり、主にバラエティ番組を中心に活動している。ただ完全に俳優業をやめた訳ではなく現在もドラマ出演も不定期ながらしている。
2009年にプロゴルファーの東尾理子と交際宣言し、同年9月29日放送分の『ロンドンハーツ』で東尾と2010年春に結婚することを発表し、2009年12月12日に入籍した。そのため、東尾修は義父となる。尚島田紳助等は自分の番組で「私たちは石田純一の結婚に反対します」と散々言っている。尚東尾は2010年8月9日に人生が変わる1分間の深イイ話で紳助と共演した。東尾が石田を嫌う理由として自分と4歳(学年では3年)しか違わないことが原因とネタにされることが多い。次のエントリ
家族
● 父、姉父は石田武(元NHKアナウンサー)。
姉は石田桃子(音楽家、広島市生まれ)。
● 結婚・離婚歴
1回目は、星川淳(作家・翻訳家)の実妹と学生結婚し、いしだ壱成(俳優・ミュージシャン)をもうけた。
2回目の相手、松原千明との間には、娘のすみれ(モデル)がいる。
逸話
映画
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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幸福論、「石田純一」スーパー肯定説