閏年
'''閏年'''(うるうどし、じゅんねん)とは、閏がある年である。閏年でない年を平年と呼ぶ。通常、閏年は平年より暦日または暦月が1つ多い。その余分な日・月を閏日・閏月、総称して閏と呼ぶ。閏は、暦と太陽または月の運行(太陽の運行は季節の移り変わりを、月の運行は月相を決める)とのずれを補正するために挿入される。閏の挿入規則を'''置閏法'''と呼ぶ。「閏」の字が常用漢字表に含まれていないため、'''うるう年'''とも書く。
太陽暦
太陽暦では、季節に暦を一致させるため、暦年の平均の長さを平均回帰年(約365.242199日)に一致させる。通常の太陽暦では平年は365日で、閏年は閏日が挿入されて366日である。閏年は約4年に1度ある。次のエントリ
古代エジプト
古代エジプトの暦には閏年はなく、1暦年は常に365日であった。そのため、4.129年に1日の割合で暦と季節がずれた。当時すでに回帰年は365.25日という観測値が得られていたが、暦に反映されることはなかった。農民は暦ではなく恒星シリウスの動きを頼りに農作業のスケジュールを決めた。次のエントリユリウス暦
ユリウス暦は、紀元前46年、古代ローマで採用された。4年に1回、西暦年が4で割り切れる年(ただし、西暦はまだなかった)を閏年としていた。ユリウス暦の置閏法では1暦年は平均365.25日となり、約128年に1日の割合で暦と季節がずれる。しかしこれでも閏年を置かない場合に比べれば大きな進歩である。
ユリウス暦では閏年には2月の日数を1日増やして29日とする。なぜ2月かというと、古ローマ暦ではMartius(後の3月)が年初でFebruarius(後の2月)が年末だったからである。厳密には共和制初期にIanuarius(後の1月)を年初とするように変更されたが、まだ古い慣習が残っていた(月を数字で表すようになったのは最近であることに注意)。
ユリウス暦は1000年以上にわたって使われたため、時代が進むにつれて次第に暦と季節がずれてきた。ローマ・カトリック教会では325年のニカイア公会議で春分を3月21日と定めてそれを基に復活祭の日付を決めることにしたのだが、16世紀には天文学上の春分が暦の上では3月11日となってしまい、問題視されるようになった。次のエントリ
グレゴリオ暦
ローマ教皇グレゴリウス13世は、当時を代表する学者たちを招集して委員会を作り、暦の研究を行わせた。こうして1582年、グレゴリオ暦が制定された。グレゴリオ暦はその後数百年かけて各国で採用され、現在に至っている。グレゴリオ暦では、次の規則に従って400年に97回の閏年が設けられる。
●西暦年が4で割り切れる年は閏年
●ただし、西暦年が100で割り切れる年は平年
●ただし、西暦年が400で割り切れる年は閏年
この規則によって閏年を設けると、97/400=0.2425であるから、1暦年は平均365.2425日(365日5時間49分12秒丁度)となり、暦と季節とのずれは約3320年で1日となる。
グレゴリオ暦では、ユリウス暦と同じで、閏年には2月が29日まである。現在のグレゴリオ暦では2月29日が閏日である。しかし、西洋の古い伝統では2月24日が閏日とみなされる。詳細は欧米で2月24日が閏日であることの由来を参照。次のエントリ
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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その他(2009年1月~2月)…閏年、リンカーンとオバマ、中国の言語と民族