食事
'''食事'''(しょくじ、英:Meal)は、食品を食べること。解説
人間が生命を維持し活動や成長をするためには、栄養素を摂取する必要があり、そのための手段が食事である。味を楽しむためにも行われる。「メシ」とも呼ばれる。食事の時刻、回数、調理法、内容には文化や宗教、栄養学、好みが反映される。これは'''食生活'''(しょくせいかつ)と呼ばれる。
調理された料理を食べる形が一般的であるが、弁当として携帯できる形で食の生活をとることもある。
なお、会席料理においては、止め肴のあとに続いて、止め椀や香の物とともに出される御飯物を指して「食事」という(この意味の食事については「会席料理」の項目参照)。次のエントリ
回数
一般に人は1日に1 - 数回の食事をとっている。西洋では1800年ごろまで1日2食であった。
日本では20世紀前半に、国立栄養研究所での実験により1日3回を栄養学の研究によって推奨された。日本では1日2回の食事を朝餉と夕餉と呼んだ。したがって、多くの地域で1日に3回の食事の食事をするようになったのは近代のことである佐伯芳子 『栄養学者佐伯矩伝』 玄同社、1986年。ISBN 978-4-905935-19-3。158頁。。ただしフランシスコ・ザビエルが1549年頃に書いた報告書には「日本人は1日に食事を3回する」と書かれている。
現代の日本では、朝食、昼食、夕食の3回食事をとる習慣が一般的である。これは、昼間に活動し夜間は眠るという通常の生活サイクルにあわせたものである。深夜に勉強や業務を行う場合には夜食などをとることがある。朝食や昼食の間、昼食から夕食の間に間食をとることもある。一般的ではないが、一部には一日4食、5食といった食生活を送る人も存在する(ドイツの古い農家などでは一日4食と言う習慣が一部ではあるが今でも残っている)。次のエントリ
宗教と食事
宗教と食事・食生活には大きなかかわりがある。例えばキリスト教における聖餐があり、これは新約聖書に、イエスが引き渡され十字架にかけられる前に、弟子たちと最後の食事を共にし、自分の記念としてこの食事を行うよう命じた、ということが書かれていることによる。キリスト教徒はこの儀式を行うことで、そこにキリストが確かに現存している、という信仰を保持している。
教義で特定の食品を食べることを禁止している宗教は珍しくはなく、調理法についても厳しい戒律を持つ宗教がある。例えばユダヤ教では、旧約聖書に食べてよいもの食べていけないもの、一緒に食べてはいけないものの組み合わせ、動物の屠り方、調理法などに関する規定がこと細かに記述されており、厳格な教派においては現在でもそれを守っているユダヤ教徒が多い。キリスト教はその初期の段階においてユダヤ教の厳格な食事規定を大幅に緩めたことで人々に歓迎された。イスラム教では現在も豚を不浄のものとして食べることを禁じている。反対にヒンドゥー教では、牛を神聖なものとして(大切なものとして)食べることを禁じている。
また、仏教では、精進料理を発達させた。
また、一定期間食事をとらない断食を行うことに宗教上の意味を見つける宗教もある。次のエントリ
精神的・医学的な側面
摂食障害のように、肉体的疾患や精神的なストレスや異常によって、食欲の減退したり正常な食事ができなくなることがある。生活習慣病の原因となることもある。また、医療の一環として食事制限や食事(食餌)療法が行われる場合がある。また食事の時の気分や意識の持ち方は、唾液の出かたや内臓の働きや消化・吸収に影響するので、食事の時は安らかでほがらかな気持ちでいるようにすること、一口一口よく噛んでよく味わうこと、食べ物が自身の滋養となっていくことを心から楽しむというような心構えで食べること、なども大切である。次のエントリ
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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