集積回路
'''集積回路'''(しゅうせきかいろ、Integrated Circuit、'''IC''')は、特定の複雑な機能を果たすために、多数の素子を一つにまとめた電子部品である。主に半導体で構成された電子回路が、複数の端子を持つ小型パッケージに封入されている。集積回路に対し、トランジスタ、抵抗、コンデンサ、コイルなどの単体部品は「ディスクリート」と呼ばれる。概要
現代の電子機器で使用する電子回路は、増幅器や演算器などの機能単位ではすでに回路構成が決まっており、わざわざ個別の抵抗やコンデンサ、トランジスタを1つずつ組み立てる事は、効率が悪く、コストとサイズがかさばり、故障の原因にもなる。複雑な回路を小さな1枚の半導体にまとめて作り込む技術の成果が集積回路であり、現在のコンピュータやデジタル機器を支える主要な科学技術のひとつである。古くは固体回路 (Solid-State Circuit) とも呼ばれ、20世紀中頃に考案されて以降、製造技術の進歩により急速に回路規模と性能が向上してきた。ウエハーと呼ばれる薄い半導体基板の上に光学写真技術によって微細な素子や配線などの像を数十から数百個を写し込み、その像を保護マスクとして半導体基板を溶かしたり上塗りしたりを十から数十回繰り返し、多数の同一回路を同時に1つのウエハー上に作る。ウエハー上の回路はテスト前、または後に1つずつ切り離されてダイ(Die)となる。良品だけがサブストレートやリード・フレームに載せられ、ボンディング・ワイヤやフリップ・チップの直接接続によって外部端子との配線が行なわれた後、プラスチックやセラミック、金属缶で出来たパッケージに封入され、動作テスト後に梱包・出荷される。
これらがモノリシック集積回路の製造工程であるが、ハイブリッド集積回路では、複数のダイまたは1つのダイといくつかの単体の受動部品といった組み合わせで1つのパッケージに収められたものである。次のエントリ
ICの誕生
実際に集積回路を考案したのはレーダー科学者(1909年生まれ)であった。彼は英国国防省の王立レーダー施設で働き、1952年5月7日ワシントンD.C.でそのアイデアを公表した。しかし、ダマーは1956年、そのような回路を作ることに失敗した。最初の実際の集積回路は二人の科学者が別々に製作した。テキサス・インスツルメンツのジャック・キルビーはゲルマニウムでできた"Solid Circuit"に関する特許を1959年2月6日に出願し、キルビー側は1964年6月に付与された。一方フェアチャイルドセミコンダクターのロバート・ノイスはシリコンでできたより複雑な"unitary circuit"に関する特許を1961年4月25日に与えられた。
この2社は特許優先権委員会においてどちらの特許が有効であるかを争った。争点となったのは、キルビーの特許において集積回路内の各素子をつないでいた配線である。キルビー特許では、素子をつなぐ配線はゲルマニウム基板から浮いて空中を飛んでいたのである。一方ノイスの特許では配線はシリコン基板上にプリントされており、現在の集積回路と同じ構造だった。この争いはキルビーの特許出願から10年10ヶ月を経て決着し、ノイスの勝利が確定した。しかし、その勝利はすでにほとんど意味がなかった。1966年、テキサス・インスツルメンツ (米国)とフェアチャイルドセミコンダクターを含む十数社のエレクトロニクス企業が集積回路のライセンス供与について合意に達していたからである。
キルビーとノイスは後に、ともに国民栄誉賞を受け、同時に全米発明家の栄誉の殿堂入りをした。次のエントリ
SSI、MSI、LSI
初期の集積回路はごくわずかなトランジスタを集積したものであった。これをSSIと呼ぶ。SSI (Small Scale Integration) は航空宇宙分野のプロジェクトで珍重され、それによって発展した。ミニットマンミサイルとアポロ計画は慣性航法用計算機として軽量のデジタルコンピュータを必要としていた。アポロ誘導コンピュータは集積回路技術を進化させるのに寄与し、ミニットマンミサイルは量産化技術の向上に寄与した。これらの計画が1960年から1963年まで生産されたICをほぼ全て買い取った。これにより製造技術が向上したために製品価格が40分の1になり、それ以外の需要が生まれてくることになった。次の段階のMSI (Medium Scale Integration)は1960年代終盤に登場した。SSIに比較して価格は高いものの、より複雑なシステムを生産する際に回路基板を小さくして組み立てコストを低減するなど数々の利点が魅力となった。そのような経済的利点によりさらにLSI (Large Scale Integration) が1970年代中盤に開発される。LSIはコンピュータのメインメモリや電卓の部品として大量生産されるようになった。次のエントリ
VLSI
1980年代になるとVLSI (Very Large Scale Integration) が開発され始める。これによりCPUさらにはマイクロプロセッサ全体がひとつの集積回路上に製作されるようになった。1986年、最初の1MbitRAMが登場した。これは100万トランジスタを集積したものである。1994年に製造されたマイクロプロセッサは300万個以上のトランジスタが集積されている。VLSIチップはCMOS技術の設計ルールの規格化によって製造技術が広く普及した。次のエントリ出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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「九大、微小凹凸でLSI接合 3次元素子へ新技術」日経産業新聞に掲載されました